あずさ「信頼」
今日もそうだった。
他の娘達は一定の時間になると帰らされる中、私だけ残って収録という事は珍しい事ではない。
しかし最近、私達のプロデューサーである律子さんが結成した竜宮小町に選ばれてからは、一緒に活動する伊織ちゃんと亜美ちゃんに合わあせて早めに帰ることが増えた。
以前の様に遅くまで仕事をしているということは大分減ったが、それでも稀に、今日のように単独での収録や撮影なんかが入ると、こうして夜中に事務所へ帰って来ることになるのだ。
「ただいま戻りました~」
事務所の扉を開くと、奥の方から慌ただしく駆け寄る足音が聞こえる。
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駆け寄ってきたのは律子さんだった。
昼過ぎに私をテレビ局へ送ったあと、ずっとここにいたのだろうか。
大分お疲れの様子である。
「きっと、律子さんはここで残ってお仕事をしているんじゃないかと思いまして」
765プロで唯一のプロデューサーである律子さんは、私達竜宮小町を立ち上げてからずっと忙しそうにしている。
よく見ると目の下にはクマが出来ており、満足に睡眠も取れていないだろうという事が伺えた。
そうやって、私達の為に、身を粉にしてプロデュースしてくれているのだ。
「そりゃ、今やっとけばあとで楽になりますからね」
律子さんのデスクには、栄養剤やコンビニのパン類などの袋が乱雑に端へ寄せられていた。
栄養剤の量的に、ここ二、三日の量ではない。
「律子さん」
デスクに目を向けたまま、背後の律子さんへ声をかけた。
「なんですか?」
返事が返ってきたところで踵を返し、律子さんの前へ行く。
「こんな生活を続けていたら律子さん、身体を壊してしまいます!」
「いや、大丈夫ですよ。最低限の睡眠は摂っていますし、食事だってしてますから」
私から目を逸らしながら答えた。
律子さんの手を取って、私は続ける。
律子さんは声を出さず、目を逸らしている。
「確信を持ったのは少し前です。スタイリストさんにクマの隠し方とか聞いているのが聞こえてしまって」
驚いたように顔をこちらへ向けた。
そしてすぐにバツの悪そうな表情へと変化する。
「確かに律子さんは私達のプロデューサーです。無理しなくちゃいけない場面もきっと、あるのかもしれません」
また目を背けてしまった律子さんへ私は声を出し続ける。
「けど、律子さん。律子さんも、竜宮小町の仲間なんです。律子さんが欠けてしまったら、それは竜宮小町じゃないんです!」
思わず声を荒らげてしまったが、それだけ律子さんのことが心配なのだ。
私達の為とはいえ、仲間が身を削りすぎているというのは、やはり見過ごせない。
暫くの沈黙の後、律子さんは一度だけため息をついた後、観念したように話し始めた。
「これは、私と社長と小鳥さんしか知らない事なんですが、竜宮小町は、社運をかけたプロジェクトなんです」
社運――――。
つまり765プロの存続が竜宮小町にかかっているというのだろうか?
それほどまでに765プロの経営は逼迫していたというのだ。
しかし、社長も音無さんも、そして律子さんも、そんな素振りは全く見せなかった。
それもそのはず、所属アイドルにアイドル活動とは違った不安を与えるわけには行かないだろう。
自分が与するユニットに込められた意味。
そこに所属する重要性。
知らずの内に、私達は多くの物を背負っていた。
こうならないように、三人は秘匿していたのだろう。
「……だったらどうします?」
「へ?」
思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
嘘……?
どうやらそこまで深刻な状態ではないようでほっとひと安心した。
「じゃあ、どうしてそんなに無理ばかりするんですか?」
不安は取り除かれたが、尚更のこと、律子さんが無理をする理由が分からない。
プロデューサーとはそんなに忙殺される程の仕事量なのだろうか。
「私は……」
そこで言葉を切った律子さんは、窓辺まで歩き、窓の外を眺めながら言葉を続ける。
「怖い……?」
予想だにしなかった返答。
「えぇ、私はプロデューサーになるのが夢でした。プロデューサーになって、皆をプロデュースして、それで皆を輝かせるのが」
窓に映った律子さんの表情は、何か思い悩んでいるように見える。
夢を叶えたはずなのに。
「でも、私でいいのかって。私のやり方が間違っていたらどうしようって。そればかり考えてしまって……」
いつも私達を引っ張ってくれる律子さん。
しかしその裏で、そんな恐怖と戦っていた。
当然だ、アイドルからプロデューサーに転向し、その最初の仕事が私達竜宮小町なのだ。
ましてやまだ19歳の少女。
怖くないはずがない。
「そうだったんですか……」
そこまで言うと律子さんはこちらへ向き直り、複雑な表情を見せた。
「プロデューサーがこんな調子じゃ、皆に不安を与えてしまうから出さないように心がけてはいたんですけど……聞かれちゃってましたか……」
乾いた笑いをはさみながら律子さんはつぶやく。
「伊織ちゃんや亜美ちゃんだったらきっと、そんな不安感じる必要ないって、私達が目一杯売れたらいいんだって言うでしょうね」
そう、あの二人ならば間違いなくそう言う。
しかし私にはあの二人のように力強い言葉はかけてあげられない。
けれど……。
「私を、いいえ、私達をもっと頼ってもいいんですよ?」
不安で、怖くなったら、私達を頼って欲しい。
何も言われず、ただ一人で恐怖から逃れようとするのではなく、仲間を信じて欲しい。
それだけなのだ。
「私は、プロデューサーだから……だから……」
「律子さん」
言葉を遮り、律子さんを抱きしめる。
「もっと自分を信じてください」
「自分を……?」
抱きしめられたままの律子さんが聞き返してきた。
私達は律子さんを信じている。
律子さんなら、私達をちゃんとプロデュースしてくれると。
「皆のことなら信じてますよ、私がこの目で選んだんですから」
恐らくは本心だろう。
しかし、私達だけを信じているだけではダメなのだ。
「その中に、律子さん自身は入っていますか?」
「…」
私の問いかけに律子さんは答えない。
腕の中で押し黙っている。
顔を見ないまま、なるべく優しい口調で語りかける。
「すぐには難しいかもしれません、でも、その恐怖から目をそらさないで立ち向かうには、律子さんが律子さん自身を信じてあげなくちゃダメなんじゃないでしょうか?」
律子さんは、ただ私の話を聞いていた。
そして、顔を上げ、私の目を見つめている。
「信じて、それでもし失敗したら。終わっちゃうんですよ?」
私を映した瞳は、普段見せるプロデューサーとしてではなく、歳相応の少女の物だった。
なればこそ、私はお姉さんとして、ちゃんと向き合わなければならない。
「でも、そうならないように厳しいレッスンとかしてくれてるじゃないですか。それでダメなら、全員の力が及ばなかった、私はそう思います」
「あずささん……」
3人の力が及ばなかっただけじゃない、かと言ってプロデューサーである律子さんの力だけでもない。
私達は4人で竜宮小町。
失敗も、成功も、全て4人の物だ。
誰か一人だけの物じゃない。
いや、なんとなれば765プロの全員が同じ事を言うのではないだろうか。
「……今すぐには無理ですけど、いつか、必ず」
不安に塗れていた瞳に、ほんの少し火が灯ったように感じた。
「はい、私達も頑張りますから、これからもよろしくお願いしますね」
私が言うと、律子さんは照れたように微笑んだ。
多少なりとも不安を取り除くことが出来たのだろうか。
「あずささん。また、こんな風に愚痴というか話を聞いてもらってもいいですか?」
早速頼ってくれているのか、そんな申し出を受けた。
無論、断る理由などなく、それを嬉しく思った私は二つ返事で了承する。
まずはそれまで竜宮小町を存続させなければならないのだが、終わらせるつもりは無いし、きっと大丈夫だと信じている。
律子さんも、きっと。
「さて、明日からまたビシバシ行きますからね!」
やはり律子さんはこうでなければ。
レッスンは大変だけれど、それが全て私達の為だと分かっているから私達も頑張れる。
そうやって、高みを目指していこう。
「え?」
「こんなパンばかりじゃダメです。私が作りますから、ね?」
私が押し切る形で律子さんが泊まることになった。
時間が時間でなければ、伊織ちゃんと亜美ちゃんも呼びたかったが致し方ないだろう。
都合のいい事に明日はオフなので、今日は律子さんと語り明かそうと思う。
おわり
責任感が強いほど、仲間を頼る事は難しいと考えてしまうのかもと思いました。
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
それではお目汚し失礼しました。
乙
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