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【艦これ】鳥海は空と海の狭間に

艦隊これくしょん -艦これ-

1: ◆xedeaV4uNo 2016/06/17(金) 01:10:02.60 ID:zx8liV3Y0
・かなり長くなる。のんびりお付き合いいただければ。
・地の文多め。SSというより小説に近いかも。
・過去に木曾を沈めてしまった提督と、そんな提督の秘書艦になった鳥海の話。



    

 SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1466093402

2: ◆xedeaV4uNo 2016/06/17(金) 01:10:49.03 ID:zx8liV3Y0

――これは私と司令官さんのおわりとはじまりの話。

3: ◆xedeaV4uNo 2016/06/17(金) 01:12:17.33 ID:zx8liV3Y0

私たち艦娘と人類の敵。それが深海棲艦。

正体も目的も分からないまま、私たちは争っていました。

大義名分があるとすれば、それは生きるため。死なないため。殺されたくないから。

戦争に日常を織り込んだのか、日々の営みの中に争いが入り込んできたのか。

私がこの世界に生を受けた時には、もう争うのは当たり前になっていました。

始まったことはいつか終わります。

戦いの終わらせかたなんか分からなくて、それでも終わると漠然と信じていた。それが私でした。

けれど分かっていたところで過程が変わったとしても、結果は変わらないのかもしれません。

運命なんて不確かな言葉は信じていませんが、避けようのない出来事がある。そう思えてしまうんです。

結果が決まっているのに過程がいくつもあるのか、それとも過程がいくつあっても一つの結果に行き着いてしまうのか。

いずれにしても、私たちはその時々で最善を尽くそうとしていました。

それがどんな結果を迎えるにしても。

それでも――たまに考えてしまうんです。

あの作戦がなければ。もし司令官さんが前線に出ていなければ、一体どうなっていたんだろうって。

4: ◆xedeaV4uNo 2016/06/17(金) 01:12:54.13 ID:zx8liV3Y0

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

提督にとって初めての実戦だった。

艦娘を取りまとめるようになってから二年ほどが過ぎているが、今回の作戦まで戦場に出たことがなければ、爆撃に晒されたのも初めてだった。

提督は自身の体が震えてるのには気づいていたが、それが武者震いなのか恐れのせいなのかは区別がついていない。

出雲型高速輸送艦、その一番艦である出雲。それが彼の今の仮住まいというべき城であり艦で、目下の攻撃目標にもなっていた。

爆撃を避けるために艦長が取り舵を行い、提督はといえば手すりを掴んで左に傾ぐ体が倒されないようにする。

艦橋にまでたこ焼きと呼ばれる深海棲艦が使用する艦載機の爆音が響いていた。

それだけ迎撃機や対空砲火を突破して艦隊を攻撃してくる敵機の数が多いためだ。

艦娘が使用する烈風や彗星とも異なるエンジン音は絶え間なく空気を吐き出しているようで、さながらモーターが熱暴走してるような音だった。

出雲には電探や探照灯の類を除いて武装を積んでいなかった。

理屈は不明なままだが人間が行う攻撃は深海棲艦には通用しない。

ならばと火災の原因となり得る武装や弾薬を初めから装備しないのは当然の帰結だった。

もっとも出雲型は艦娘を艦載機のように運用するのも想定しているので、艦娘用の弾薬は積み込んでいるので可燃物は積み込んでいる。

「右二十、戻せ!」

回頭が終わる前に艦長はすでに次の転蛇を命じている。

提督の立場は艦隊司令官だが、艦の行動は艦長に任せるのが原則で口出しはしない。

さほど年が離れていない艦長だったが場慣れしていて、実務に長けた人間なのは航海を通して提督には分かっていた。

命を預けるに足る人間、と提督は全てを任せることにしていた。

5: ◆xedeaV4uNo 2016/06/17(金) 01:13:41.03 ID:zx8liV3Y0

左から右への慣性に振り回されながら衝撃に備えて踏ん張り歯を食いしばると、何度も足下から突き上げてくる縦揺れに見舞われる。

揺れはするが直撃弾ではない。それでも体を弄ぶ振動は心地よいものではない。

高速と言えど出雲は艦娘より巨体で敵機にはいい的だ。にも関わらず艦長の操艦は見事で、一度も直撃弾を受けることはなかった。

空襲の勢いも衰え、投弾を終えた敵機も引き返し始める。

提督は次の展開を考え、雲龍か龍鳳の彩雲に送り狼をやらせようと決める。

その前に艦隊の被害確認が必要だと思い立った矢先だった。

見張り員を務める妖精から声のような意思が頭に届く。敵機を発見したと。

艦橋からも三機のたこ焼きが迫ってくるのが見えた。

摩耶が慌てて撃ち上げ始めた対空機銃の火線が、最後尾にいた機体を捉えて火を噴かせる。

しかし残る二機は対空砲火をすり抜け、黒い塊を切り離す。

黒い塊――爆弾を見ながら、提督には確信めいた予感が去来した。

これは当たると。

そして――出雲をそれまでとは明らかに違う揺れが襲った。

6: ◆xedeaV4uNo 2016/06/17(金) 01:15:56.64 ID:zx8liV3Y0

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

一章 と号作戦

新年を迎えてから一週間。

クリスマスに正月と、横須賀鎮守府に訪れたにわかに浮き足立ってにぎやかな日々はあっという間に過ぎていった。

まだ鎮守府のそこかしこに浮ついた空気は漂っているが、提督や艦娘を取り巻く環境はいつまでもそれに浸っているのを許してくれない。

トラック泊地攻略作戦、頭の字を取って『と号作戦』。その発令が三月中旬に予定されているために。

「鳥海、椅子はこの辺りまででいいの?」

「ええ、横に広く取った方が前を見やすいでしょうし」

鳥海を始め夕張や明石といった艦娘、他に何人かの手伝いの艦娘に妖精たちが、ドックに椅子や映写用の機材を持ち込み設置を進めている。

この日は府内で作戦会議――実際は内容の確認にも近いが、行う予定だった。

参加するのは哨戒や遠征任務に携わってない艦娘全員で、それでも百名を優に超えている。

作戦室ではそれだけの人数を収容できないので、ドックに椅子や機材を持ち込むことに。

準備が終わる頃になると提督も顔を出す。

白色の二種軍装を着込んだ二十代の男。外見にはあまり特徴が見受けられない。

階級章は准将を示している。元々この階級は制定されていなかったが、深海棲艦による侵略が始まったのをきっかけに准佐とあわせて正式に制定されていた。

「会場はこれでいいですか?」

「ああ、助かる」

鳥海は提督の補佐役である秘書艦を務めている。

二十歳前後といった容姿で、フレームレスの眼鏡に深紅の瞳、絹のような黒髪を流していた。

翠緑と白を基調にした明るい色合いのジャケットとスカートという組み合わせで、改二と呼ばれる上位艤装と一緒に支給された制服である。

7: ◆xedeaV4uNo 2016/06/17(金) 01:16:57.14 ID:zx8liV3Y0

「あの、司令官さん」

提督の呼ばれかたはいくつかある。

多くの艦娘は提督と呼ぶが、鳥海のように司令官という呼び方も多いければ、それらにクソとかクズと呼ばれる本人曰く素敵な修飾語をつけて呼ぶ者もいる。

「本当にあの話もするんですか?」

「話すのが筋だろ。顰蹙は買うだろうが」

「司令官さんがそれでいいのなら構いませんけど……」

鳥海は言葉を濁すが、言外では提督に翻意を望んでいたのも確かだった。

提督も鳥海の本心には気づいていたが、あえてそこには口を挟まない。代わりに気楽な調子で言う。

「色々あったよな。俺はもう提督に任命されて二年は過ぎたし、鳥海も秘書艦になって一年ぐらいか?」

「そうですね……色々ありましたね」

「初めからすごかったよな、鳥海は。言うこと聞かない島風にビンタしたり、摩耶と演習中に殴りあったりとか」

「あ、あれは……!」

鳥海は顔を赤くする。実際に誇張でもなんでもなかったが、鳥海からすれば結果は別にして、過程のほうはできるだけ忘れておきたい類の話だった。

しかし彼女も言われてばかりにはならない。

「司令官さんだって木曾さんとの一件で大騒ぎを起こしてるじゃないですか!」

「違いないな」

あっさりと提督はいなしてしまう。

鳥海としては的確に急所を突いたつもりだったが、提督からすれば急所以前に反撃ですらなかった。

提督は愉快そうに鳥海に笑ってみせる。

8: ◆xedeaV4uNo 2016/06/17(金) 01:17:45.10 ID:zx8liV3Y0

「俺も鳥海も、みんなだって多くのことを体験してきてるし、中には変わったなって思うやつだっている。だから大丈夫、って言いたいんだ」

「私はいいんです。司令官さんを信じてますから。でも、みんなが指輪をどう思うかまでは……」

「出たとこ勝負だな」

提督の言葉に鳥海は笑い返す。この人は自分を曲げないんだと、そんな風に再確認して。

口にこそ出さないが鳥海も提督の変化を感じていた。

たとえば以前の提督ならこういう時に、半ば不安を隠すように特徴的な含み笑いをしていたが、それをしなくなっている。

理由を尋ねた鳥海に、提督は木曾との間に踏ん切りがついたと答えていた。

鳥海は木曾とも仲がよかったが、その話には深く踏み込まなかった。

二人には二人の事情があって、それはいくら鳥海でも簡単に立ち入っていい話じゃないのは理解していた。

というのも提督と木曾の関係というのは、沈めてしまった艦娘とその生まれ変わりの艦娘という間柄だからだ。

それが元で『事故』が起きるぐらいにはこじれた関係だったが、それは今では解消されたように鳥海の目には映っている。

鳥海からすれば、提督と木曾の二人は旧知の仲のようだし、『事故』を経てむしろ互いに余計な遠慮をしなくなったようにも感じていた。

だから彼女は提督に限らず、変化そのものに肯定的だった。

9: ◆xedeaV4uNo 2016/06/17(金) 01:19:25.15 ID:zx8liV3Y0

─────────

───────

─────

一同が集まったのを見て、提督がと号作戦の説明を始める。

「すでに知っての通り、この作戦はトラック諸島を深海棲艦から解放し、速やかに拠点化するのが目的になっている」

設置したスクリーンにトラック諸島の地図が映し出される。

艦娘たちに馴染みのある四季島など和名としての表記ではなかった。

また敵の規模を示すバーが島々の横に描かれていて、春島と夏島を中心に深海棲艦は陣取っているのが分かる。

他にも近海を遊弋する深海棲艦の集団もいくつか確認されていた。

「まずは数次に渡り、危険な威力偵察を行ってくれた天龍、龍田、球磨、多摩、飛鷹、隼鷹。並びに朝潮型の面々に感謝する」

提督が深く頭を下げると、思い思いの声が返される。

「ま、こういうのは経験値が物を言うし、なんたって世界水準だからな」

「意外と優秀な球磨ちゃんにかかれば朝飯前クマ」

「つまんない任務じゃなくてよかったわ。こういうのでいいのよ、こういうので」

「多摩はコタツで丸くなっていたかったにゃ……」

ざわめきにも似た声が一通り収まってから、提督は説明を続けていく。

10: ◆xedeaV4uNo 2016/06/17(金) 01:20:17.01 ID:zx8liV3Y0

と号作戦の完遂は戦略上の観点で必須とされた。

深海棲艦の主立った侵攻ルートはソロモン方面の南太平洋からになっている。

トラック諸島を奪還することで太平洋の制海権をより強固にし、同時に深海棲艦の活動範囲を大幅に制限する目論見があった。

それだけに、と号作戦は敵地への上陸作戦として計画されていて、攻略後はいかに迅速に拠点化するかが鍵とされている。

「まずは海上戦力と陸上の基地航空隊を撃滅し、その上で春島に上陸作戦を敢行する」

艦隊は大きく三つに分けられている。

正規空母を中核とした機動部隊。基地航空隊に先制攻撃したあとは有機的に動いて敵艦隊の撃破を目指す。

戦艦を中核とした水上打撃部隊。これは夜陰に乗じてトラック諸島に艦砲射撃を加えつつ、必要に応じて敵艦隊の撃破も。

そして上陸船団を含めた輸送艦隊とその護衛艦隊となる。

作戦では陸軍の一個師団が上陸作戦を行う。師団の人員は施設の設営隊や保守要員が多数を占めている。

構成もさながら上陸部隊の規模が小さいのは、陸戦の発生が想定されていないためだった。

というのも人の手では深海棲艦を傷つけられないから、そちらにはあまり力を入れられない分、人員を絞ったという事情がある。

妖精からの情報で火炎放射器の類なら深海棲艦でも怯ませるぐらいはできるらしく、火炎放射器で武装した特殊部隊も帯同するがそれも一部でしかない。

いずれにしても決定打にはならないため、船団護衛を務める艦娘も一緒に上陸する予定になっていた。

11: ◆xedeaV4uNo 2016/06/17(金) 01:21:38.97 ID:zx8liV3Y0

「それと今作戦では俺も出雲に乗艦して水上打撃部隊に加わる。よろしく頼む」

提督は文字通りの司令官として陣頭指揮や戦況分析、上陸後には泊地設営の指揮も執る手筈になっていた。

また打撃部隊で運用される出雲型輸送艦には、先行上陸のための装備や資材も積み込まれている。

提督は一同の反応を窺うが、すでに話し合っていたこともあってか反対の声は挙がってこない。

といっても表面的な反応なのを承知していて、少なからず不服に思う者がいるのも理解している。

提督が前線に出るという判断には、艦娘たちの間でも当初から意見が割れていた。

意思決定のできる責任者を、危険な前線に帯同させるのは本末転倒じゃないかというのが反対理由だった。

実際、提督の身にもしものことがあれば、作戦の遂行どころか今後の鎮守府の運営にも支障が生じてしまう。

加えて作戦の統制をする以上は、敵の勢力圏内であっても無線を使わなくてはならない。

隠密性を捨てるだけでなく、単独での自衛が難しいのも反対理由に上った。

これが平常の作戦なら艦娘も提督を海に出させなかっただろう。

12: ◆xedeaV4uNo 2016/06/17(金) 01:22:13.24 ID:zx8liV3Y0

しかし基地設営の対応は彼女たちには荷が重過ぎるし、そもそも誰もそのやり方を分かってない。

陸軍に丸投げしてしまっては臨機応変な対応ができなくなってしまうかもしれないし、艦隊や輸送船団への被害によって作業の優先順位も変わってくる。

そうなってくると提督に頼るのが一番だと、そんな結論に行き着いていく。

と号作戦に合わせて、妖精によって既存の装備が大幅に更新されたのも提督の起用を後押しした。

特に電探や通信周りの機能が大幅に更新されていて、一足飛びかそれ以上に性能が向上している。

というより向上しすぎてしまい、艦娘たちが前線で交戦しながら処理できる情報量を超過していた。

ここでも白羽の矢が立つのは提督で、一歩引いた位置にいるのだから指揮を執るなり適切な情報を選り分けて与えればいいという話になってくる。

こういった事情で、今回の作戦は提督に出張る意義は大いにあった。

艦娘たちもそれらの点を踏まえて話し合い、その話し合いも結局のところはある一点に集約する話でもあった。

提督の身の安全をどこまで重視して、何よりも優先させるのかと。

その線引きと境界を見定めようとしている内に彼女たちは決めていた。

提督にも同じところで同じだけの危険を背負ってもらおうと。

13: ◆xedeaV4uNo 2016/06/17(金) 01:23:35.11 ID:zx8liV3Y0

─────────

───────

─────

「作戦に当たって、絶対に撃破してもらわなきゃならない相手がいる」

画面に上空から見下ろす形で撮られた白い女の映像が現れる。

女の頭には角が生えているが、粒子の粗い映像では表情や目つきまでは判別できない。

威力偵察のさなかに彩雲が撮影してきた映像で、そこでは白い女が手を振り上げる。すると女の周囲の地面から深海棲艦の使う艦載機、通称たこ焼きが生成されていく。

彩雲は迎撃を避けるために後退したので、この映像はここまでだった。

後の偵察で陸地に陣取ったまま戦艦と同等以上の砲戦能力も有しているのも分かっている。

白い女は深海棲艦で、姫という仮称で呼んでいた。

最初にそう呼び出した艦娘の一人は鳥海で、たとえば彼女などは姫という単語からいつかの島風を叱る原因となった海戦を思い起こす。

その戦闘で沈めた深海棲艦が姫に許しを求めるようなことを言っていたのを覚えていたからだ。

深海棲艦の言葉というのは意味を為してない場合が多いが、今ではそうとも言いきれないのではと考えるようになっていた。

「大本営は正式にこの相手を姫級と定め、この女を港湾棲姫と名づけた。港湾棲姫を撃破するのが作戦の鍵だ。こいつは他の深海棲艦と違って陸上でも活動できるらしいからな」

この港湾棲姫を除いて陸上で長時間活動できる深海棲艦はそれまで確認されていなかった。

「港湾なんて名前がついたが、要塞を相手にすると想定して動いてもらいたい。そして俺たちの手元にある姫の情報は限られてる」

14: ◆xedeaV4uNo 2016/06/17(金) 01:24:15.23 ID:zx8liV3Y0

一通りの説明を終えた提督は、作戦の質疑応答に移る。即座に長門が手を挙げた。

「港湾棲姫とやらだが、陸上にいるならやはり三式弾で攻撃するのか?」

「そのつもりだが場合によっては徹甲弾も使ってもらう。戦艦と同じ火力なら、打たれ強さも最低そのぐらいは見積もらないといけないし装甲を抜けなかったら話にならないだろ」

長門が納得したように頷くと、今度は夕立が手を大きく振る。

「島には陸軍の人たちが上陸するっぽい?」

「そうだ。施設を建ててくれるのは彼らなんだから、あまり失礼のないように」

「じゃあ陸軍さんと仲良くしておけば部屋を豪華にしてくれるっぽい?」

あっけに取られたような反応を周囲の面々がする中、すかさず白露が乗っかっていく。

「じゃあ白露型にはいっちばんいい部屋を作ってもらわないとね」

「ちなみに白露型は打撃部隊に就いてもらうから陸軍さんとは接点薄いぞ」

「そんなぁ……」

うなだれる白露に睦月が勝ち誇る。

「にゃしし。これは護衛輸送のエキスパートである睦月型の一人勝ちなのね」

そもそも部屋の造りが優遇されるわけないだろう、とはその場の大多数が思ったことだった。

その後もいくつかの質問が続いて一通りの質問が出揃ったであろうところで、提督は咳払いを一つ。

「最後に一つだけ聞いてほしい」

15: ◆xedeaV4uNo 2016/06/17(金) 01:25:14.19 ID:zx8liV3Y0

提督がある物を全員に見せる。指輪だった。

妖精が作った物で高練度の艦娘が身につけることで、その効果を発揮し艦娘たちにさらに力と伸び代を与えるということ。

そして、その契約を『ケッコンカッコカリ』と呼ばれているのを提督は伝える。

その話を聞いて艦娘たちは、いよいよ提督と鳥海がそのケッコンを結ぶのかと思った。

二人の関係は鎮守府では公然の秘密だった。

二人の関係をどう感じるかは個々人によって分かれるが、とにかくそういう話なのだと誰もが予想した。

しかし、そういった予想にそぐわないことを提督は言い出す。

「この指輪を近い内に全員に配る。だから、あれだ」

提督は一息。おもむろに正座すると両手を付き、額が床に付くまで頭を下げる。

いわゆる土下座だった。

「みんな、俺とケッコンしてくれ!」

艦娘一同は固まった。事前にどんな話をするのか相談されていた鳥海も例外ではない。相談こそ受けていたが、こういう言い方と行動に出るとはまったく想像していなかったからだ。

固まる艦娘の中から、いち早く足柄が柳のように左右に体を揺らして立ち上がると、提督に指を突きつける。

顔を赤くした足柄は一同の思いを代弁した。

「ケッコンどころかジュウコンじゃない!」

16: ◆xedeaV4uNo 2016/06/17(金) 01:26:31.88 ID:zx8liV3Y0
ひとまず、こんな形。
週に一回は更新していきたいと思います。
17: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/17(金) 07:38:45.12 ID:pBKPNA5AO
一瞬オーラロードが開かれたのかと思った
18: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/17(金) 14:13:21.64 ID:0JD4odNAO
またキミか
本当に鳥海を愛してしまっているなあ
19: ◆xedeaV4uNo 2016/06/17(金) 23:08:50.97 ID:zx8liV3Y0
>>17
きらめく光にうたれることはないのです

>>18
褒め言葉ですね! ありがとうございます(末期

20: ◆xedeaV4uNo 2016/06/17(金) 23:10:25.42 ID:zx8liV3Y0

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

提督の要求はすぐに波紋を呼んだ。

何か事情があるのだと斟酌する見方もあったし、指輪のメリットを好意的に受け止める声もある。逆に困惑や反発、遠慮といった否定的な意見も多い。

いずれにしても混乱を招くのを提督は承知していたので、一人か二人ずつとの面談を随時行う形にしていた。

すぐに長蛇の列を作って順番待ちになった面談で、最初に提督の前に現れたのは色違いのセーラー服を着た姉妹だった。

多摩と木曾の球磨型姉妹で、次女の多摩はショートヘアーにあどけなさを残した顔立ちをしていて、末女の木曾は右目を眼帯で隠し黒い外套を肩にかけるという格好をしている。

二人は応接用のソファーに深々と座ると早々に木曾が切り出す。

「で、どうしてあんなことを言いだしたんだ?」

「ハーレムを作ってみたくなって」

「それ、冗談でも本気でも大井姉には言わないほうがいいな」

「大井は純だから、そういうのを毛嫌いするにゃ」

提督はその様子が容易に想像できて乾いた声で笑う。

大井は球磨型の四女で、あまり容赦のない性格をしていた。

提督の反応に木曾は呆れたようだった。

「笑い事かよ。改めて聞くけど理由があるんだろ」

21: ◆xedeaV4uNo 2016/06/17(金) 23:10:55.39 ID:zx8liV3Y0

「理由も何も、俺は誰にも沈んでほしくない。だから自分にできることなら、できる限りやろうと思ったんだ」

「そのための指輪ってことか? だったら他の言い方はなかったのか。指輪の効果だけ話してケッコンカッコカリか? それは伏せとくとかさ」

「それはそうなんだが、秘密にしてたらどこかで発覚した時に騒ぎになるだろ」

「もう騒ぎになってるぞ。訓練は遅れて始まるわ、集中できてないやつもいるわで神経質になっててさ」

木曾は言葉を切ると、考え込むように両腕を組む。

少しだけ間を置いてから再び話し出す。

「……騒ぎ自体はまあいいんだ。俺を振っといてケッコンなんて勝手をよく言ってくれたなって思ったけどな」

「……すまない」

提督としては他に言いようがなかった。木曾もそれは分かっているのか、盛大にため息をついた。

ため息はそのまま執務室の空気に見えない重圧を上乗せする。

「提督の考えは分かったし、それが俺たちのためなのも理解はできるんだ。提督を支持するって意味でも、俺だって……俺みたいなやつほど指輪を受け取ったほうがいいとも」

「だけど受け取りたくはないんだろ」

「わりぃ、もう少し考えさせてほしい」

「いいんだ。俺が無神経なんだから」

「本当に無神経なら、初めから命令って言っておけばよかったにゃ。そうすれば誰も断らないにゃ」

多摩が言葉を引き継ぐ。

22: ◆xedeaV4uNo 2016/06/17(金) 23:13:53.10 ID:zx8liV3Y0

「提督は甘いにゃ。しかもずるい。自分も納得してないくせにケッコンしようなんて。なのに選択の権利をこっちに残すなんて身勝手にゃ」

「そうかも……いや、そうだな」

「まったく提督らしいから多摩は受け取るにゃ」

「うん……ん?」

真顔になって聞き返す提督に、多摩は猫なで声のように穏やかな声をかける。

「何を驚いてるにゃ。多摩は納得したからカッコカリしてあげるにゃ。信じてあげるんだから、もっと感謝するにゃ」

「いいのか?」

「くどいにゃ。多摩の気が変わらないうちに指輪を渡すにゃ」

「ああ……でも指輪はまだこれからなんだ」

「それはがっかりにゃ……代わりに何かお礼をよこすにゃ」

「多摩姉……あんま、がっつくのはどうよ?」

緩くなった空気に木曾も表情を崩していた。

提督も相好を崩して思いつきを口にする。

「じゃあ……よし、かつお節をやろう」

「やったにゃー! って多摩は猫じゃないにゃ! かつお節なんかで!」

「いらないのか」

「ほしいにゃ!」

木曾は保留、多摩はかつお節と指輪を後日受け取るということで話が付いた。

部屋を出る段になって、木曾が提督に話しかける。

「できることをやるって話だけどさ、何かあったのか?」

「あったと言えばあったのかな」

「そうかい」

提督が曖昧にぼかすと、木曾も深くは掘り下げようとはしなかった。

それでも提督は思い返していた。きっかけに当たる出来事を。

23: ◆xedeaV4uNo 2016/06/17(金) 23:38:32.76 ID:zx8liV3Y0

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

薄明の空の下、枯れた姿を剥き出しにした桜並木が続いてる。

そんな味気ない景色に囲まれた車道を提督たちを乗せた軍の所有車が走り抜けていった。

年明け後の三月に予定されている、と号作戦の会議のために霞ヶ関にある海軍省に出向していた。

会議は翌日からで、この時に移動している理由はそれとは少し違う。

宿泊先の旅館に移動し、そこで人と会う約束になっていたためだ。先方の一方的な都合による約束で、相手が誰か分からない。

きな臭い動きを提督は感じるが、普段から中央とは遠い位置にいる身ではその正体は掴めなかった。

提督は寒々とした景色が流れていくのを見ながら、ガラスに映る自分の姿を目に止める。

普段と代わり映えしない格好だったが、一つだけ違う点があった。戦功を示す甲種勲章も垂らしている点だ。

馬子にも衣装。そんな感想を抱く提督の隣には秘書艦の鳥海が座っていた。

話しかけず、鳥海という艦娘を提督は振り返る。

鳥海はいわゆる艦娘で高雄型重巡の四番艦、それが彼女だ。

24: ◆xedeaV4uNo 2016/06/17(金) 23:39:27.08 ID:zx8liV3Y0

艦娘とは何か、という質問は少々厄介だった。

三度の世界大戦の内、二度目の第二次大戦時に使われた軍艦が女の姿を模して生まれ変わった存在。そう目されている。

実際のところははっきりしていない。

彼女たちが当時の軍艦の記憶――艦そのものというより、乗員たちの記憶や言動も内包した集合知のような記憶を有してるのは確かだ。

かといって、彼女たちの性格が必ずしもその背景に引きずられてるわけでもない。

そして人間と変わらない姿であっても、彼女たちは人間とは体の作りが違う。

艦娘の存在こそ世間に知られているが、軍機に関わるために詳細は伝わっていない。

それ故に巷では艦娘たちの様々な噂や推測、時には風説も流れるが、そのほとんどが真に受ける類のものではなかった。

そして提督は彼女たちについて確信して言えることがある。

艦娘は信頼できる、と。

25: ◆xedeaV4uNo 2016/06/17(金) 23:45:22.06 ID:zx8liV3Y0

「見てください司令官さん。大売り出しですって。あれはデパートって言うんですよね」

少しはしゃいだ様子の鳥海につられて、提督も彼女が見ている側に視線を移す。

鳥海は普段通りの翠と白のセーラーだが、車内なので帽子は脱いで膝元に置いていた。

弾んだ声が質問を続ける。

「もうすぐクリスマスで、すぐ後は歳末ですよね。やっぱり売り物も安いんですか」

「どうかな。物品の流通が安定したのも今年に入ってからだから」

提督はそう答えてから、なんとも味気ない答えに思えて付け足す。

「この時期は個人商店でもあそこに見えるようなデパートだろうと、いい物を売り出そうとするんだ。歳末が近いし、なんて言ったって縁起物で一年の計は元旦にありとも言うだろう」

「はい」

「ところがいい物はやっぱり高いし、安くなってても高い物は高いから、体感的には逆に高くなってるように感じるかもしれないな」

「なるほど……そういうのは知識しかないから参考になります」

そう言うと彼女はまた車外に視線を戻す。

「さっきから外を楽しそうに見てるな」

鳥海は嬉しそうに頷く。

26: ◆xedeaV4uNo 2016/06/17(金) 23:47:56.95 ID:zx8liV3Y0

「普段は航行しても海と空しか見えないじゃないですか。陸はやっぱり珍しいですよ」

その言葉から提督には一つの想像が浮かんでくる。

鳥海が背を向ける形で海に立っている。彼女の先に広がるのは青い空、白い雲、穏やかな波間、そして彼方の水平線。

狭間にある者とは人間――そんな由来で己を名乗ったのは空海だと思い出し、鳥海と空海という言葉は似てると連想する。

そこに過去の高雄型につけられていたというあだ名を思い出す。先人もおそらく同じような連想をしたのだろうと考えて。

「鳥海法師」

「……知ってて言ってるんですか? その呼び方は今聞いてもどうかと思います」

「後光が差してそうなのに」

「でも高雄夫人、愛宕姫、摩耶夫人と続いての法師なんですよ。私だけなんだか違いますよね」

鳥海は窓の外に視線を戻してしまう。

窓ガラスに映る鳥海の顔を見て提督は自然と笑ってしまい、同時にもしも人目がなければ抱き寄せてしまいたくなる衝動に駆られる。

熱を上げるってのはこういうことか、と胸中で呟くに留めた。

27: ◆xedeaV4uNo 2016/06/18(土) 00:00:36.68 ID:RbPj63Hb0

そうして車が向かった先は料亭も兼ねている古い旅館で、高級将校が利用する場所には見えない外観をしていた。

街道から外れた側道の脇に位置しているのも印象の悪さに一役買った。

茶色の建物は汚れた藁を寄せ集めたようで、屋根はまるで光を映さないような黒さだった。

どうかすると廃屋のように見えてしまう店構えで、屋号を示す看板が辛うじてそこが旅館だと伝えている。

もっとも草書体をさらに崩したような文字で書かれているので、何を書いてるのか二人には読めなかった。

その外観に提督はさすがに警戒した。

「すごいですね」

そう鳥海は言う。どうすごいと思ったのかは分からないが、少なくとも怖がってる様子ではなかった。

身の危険に繋がらないなら恐れる必要はない、とでも考えているのか。

運転手を務めていた少尉は逃げるように帰ってしまい、しかも出迎えに現れた女将が痩せ細った幽鬼のような女ならば余計に不気味に感じるのも仕方ないはずだ。

女将は最低限の言葉を交わすと、提督たちを丁重に奥座敷にまで案内した。

余計な言葉を交わさないのは女将の性分なのか、二人の身なりから立ち入らないほうが賢明と判断した処世術かは判断が付かない。

提督と鳥海と奥座敷で二人になると、見えない荷物を下ろすように脱力した。

明かりは電灯がちゃんと点いた。ろうそくの火で明かりを灯しそうな気配だったが電気は通っている。

「一体こんな所でどなたにお会いするんでしょう」

「さあな。こんな場所を選ぶんだから物好きだろうが」

それ以上に内密に済ませたいという意図を提督は感じていた。

28: ◆xedeaV4uNo 2016/06/18(土) 00:06:04.10 ID:RbPj63Hb0

「物の怪や鬼の類が出てきても、ここなら俺は驚かないよ。案外やんごとなき身分の御方かもしれないし」

そう言いながらも彼は自身の言葉をまるで信じていない。

そういった人間が会いたがるような理由を持ってないと、そう考えているからだ。

「会ってみれば分かりますよね。それにしても……」

鳥海は楽観的に考えているが、古い旅館の言わば出てきそうな雰囲気には思うところはある。

「司令官さん、もしお化けが出てきたら鳥海を守ってくれますか?」

「あー……鳥海が逆に守ってくれると信じてる」

「そこは守ってやるって言うところですよ」

「ちっとも怖がってないのにどうして守るんだ?」

「もう……」

口を尖らせる鳥海に提督が笑い返すと、彼女もまた笑い返してきた。

「そういえば明日の会議では准将とお呼びしたほうがいいのでしょうか?」

「普段通りで構わないよ。准将なんて怪しい階級だし」

鎮守府ではもう馴染んでいるが、准将という階級は制定されてまだ日が浅い。必要に迫られて制定された階級でもあった。

制定には華々しい理由があったわけでなく、むしろ世知辛い事情がある。

深海棲艦との戦いでの多く戦死者を出してしまい、その遺族への給付金が発端だった。

膨大な戦死者の数は天文学的な給付金へと繋がり、そこで新たに准将と准佐を設け特進後の階級をそこに収められるようにし給付金を少しでも抑えようと試みられた。

半ば詐欺に近い所業ではあったが、深海棲艦の苛烈な攻撃が結果的にそういった矛先も逸らした。

加えるなら、提督の場合は箔をつけるために准将という位置に据えられたというのも。

ハンモックナンバーが低く出世街道から外れている若輩者を早いうちから正規の将官になどしたくないという年長者の都合だ。

急場の階級であるため准将が将官か佐官かという点も曖昧だった。が、彼が特進しても少将で止まるのは容易に想像できる話だった。そのための准将という階級だ。

29: ◆xedeaV4uNo 2016/06/18(土) 00:06:55.19 ID:RbPj63Hb0

「それに鳥海が普段通りに呼んでくれると安心できるんだ」

「安心ですか?」

「ああ。鳥海の声は優しいからな」

「優しい……やさしい……」

鳥海は呟くと考え込むように俯く。ちょっとしてから顔を上げる。

「ありがとうございます。司令官さん」

鳥海の話し方は早すぎず遅すぎず、すんなりと心に落ちてくる。

そういう所を彼は気に入っていたが、同時に単に惚れた弱みではないかとも考えていた。

それから他愛のない話をしていると料理と酒が運ばれてきた。和食のコースに日本酒とビールという取り合わせらしい。

そして店構えに反して、料理は至極まっとうだった。

料理が並び終わって程なくして、二人に会いに来たという人物も姿を見せる。

白の帽子とセーラー服の少女。妖精だった。

明るい色の髪をした妖精は白猫をどうしてか吊すように持ち上げている。

30: ◆xedeaV4uNo 2016/06/18(土) 00:10:53.76 ID:RbPj63Hb0

「はじめまして提督さん、秘書艦さん。わざわざご足労頂きありがとうございます。どうぞ楽にしてください。無礼講というのでお願いします」

妖精は勝手に座るので二人も向かい側に座った。

基本的に妖精は人語を口で介さないが、この妖精は例外だった。

しかし、それ以上に提督は猫が気にかかっていた。白猫は座った妖精の太ももに下ろされてはいるが相変わらず吊されている。

妖精も猫も笑っているように見えたが、真意を読み取れない表情とも取れる。

そもそも猫が本物なのかも定かではなく、彼は聞かずにはいられなかった。

「その猫は?」

「混沌の象徴。平たく言えばマスコットです」

煙に巻かれているのかもしれない。そうして猫を気にしてはいけないのでは、と思い至った。

解放された猫は膝の上で丸くなる。

「それと今日はもう一人来ています。秘書艦さんにも関係のあることです」

「私にですか?」

「どうぞ入ってください」

妖精に促されて入ってきたのは提督も鳥海もよく知っている顔の艦娘だった。

そして、いるはずのない艦娘でもあった。

「なんで……!」

鳥海が驚愕の声を上げる。

その艦娘は提督を見て、それから動揺する鳥海と見つめ合う。

艦娘は本当に嬉しそうに微笑む。

「はじめまして。私が、私も鳥海です」

二次改装前のセーラー服を着た鳥海がそこにいた。

31: ◆xedeaV4uNo 2016/06/18(土) 00:15:32.51 ID:RbPj63Hb0
今夜はここまで
32: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/18(土) 10:46:15.99 ID:rtt1tluVO
面白い
期待
33: ◆xedeaV4uNo 2016/06/18(土) 21:54:14.32 ID:RbPj63Hb0
好き勝手にやってるだけでも、そう言われるのは嬉しいのです
今夜もだらだらと
34: ◆xedeaV4uNo 2016/06/18(土) 21:55:14.02 ID:RbPj63Hb0

「やっぱり驚きますか?」

「なんだこれは。どうして鳥海が二人もいる?」

提督は二人目の艦娘という前例をよく知っている。

しかし同一の艦娘が二人同時に存在するとは想像していなかった。

「お二人をお呼びしたのは今後のことや彼女について話しておきたかったからです」

そう言いながら妖精は箸を手に取る。

「まずは食べながらにしませんか。冷めてしまいますし」

「話を先にしてくれないか」

「お腹空きましたが……見ての通り、彼女もまた鳥海です。木曾を沈ませたあなたには初めてではありませんね」

「……ああ」

その一言に猫が耳を立てて体を起こす。裏にある感情を読み取ったようだった。

一方、提督の手には鳥海の手を重ねられた。

案じる顔に見上げられるのを提督は視界の端に捉え、自分の感情を抑える。

鳥海が提督の代わりに訊いていた。

「もう一人の私が木曾さんと同じなら、私たちには本者も偽者もないんですね?」

35: ◆xedeaV4uNo 2016/06/18(土) 21:56:17.63 ID:RbPj63Hb0

鳥海が代わりに訊くと、妖精も提督と鳥海を交互に見てから答える。

「気分を悪くしたのなら謝りますがそうです」

臆した様子もなく妖精は答える。

今の木曾は言わば二代目で、先代に当たる木曾は過去の海戦で沈んでいた。

二代目は先代の記憶と感情を部分的に引き継いでいて、それが問題を引き起こしもした。

「あなた方がご存じのように二人とも本質的には同じ存在だと言えます。個々の人格や体験は別ですが、鳥海という艦娘であるのに変わりありません」

「じゃあ……」

鳥海は新顔の方に向き直る。話し始めるまでに間があるのは、どう呼ぶのか決めかねたからだ。

彼女は相手を名前で呼ぶことに決めた。

「鳥海。あなたは私の記憶や気持ちを共有してるの? 私にはそんな感覚がないけど」

「一方的に私が知ってた、というのが正しいみたいです。私が二人目として形を為すまでなら、あなたに何が起きてどう感じてきたのか……それは分かってるつもりですよ」

新顔の鳥海は笑う。

両者は同じような顔に同じ声をしているが、よく知る者が見れば笑い方や目線の動きなど微妙な仕種はなんとなく違うようには思える差異がある。

それでも二人はよく似ていて、一緒にいるから違いが分かるだけかもしれない。

たとえば服を入れ替えてしまったら区別がつかないのではと、提督は一抹の不安と難しさを感じた。

36: ◆xedeaV4uNo 2016/06/18(土) 21:56:51.45 ID:RbPj63Hb0

「最近になって二人目の艦娘が増え始めてきています。睦月型や特型駆逐艦、それに大淀など」

「大淀って軽巡の大淀か? そもそもウチにもいないのに」

「彼女には我々と人間との橋渡しをやってもらっていましたので。と号作戦に合わせて、そちらには二人目の大淀が配備されるはずです」

戦力の増強はありがたい話だった。と号作戦を考えれば戦力の底上げを図れるのなら、それは歓迎すべきだった。

その時、猫が気の抜けるような声で鳴いた。

「もう食べますよ」

周りなどお構いなしに妖精はついに料理に手をつけ始める。

二人の鳥海は提督の顔を見る。意向を伺うような顔に苦笑するしかなかった。

「俺たちも食べようか」

緊張していると損をしているような空気になっている。

だったら、そんな空気に乗っかってもいいじゃないかと考えて。

37: ◆xedeaV4uNo 2016/06/18(土) 21:58:04.33 ID:RbPj63Hb0

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

食事が一段落した頃を見計らって、鳥海たちは互いに二人だけで話したいと言いだした。

妖精は初めからそのつもりで、提督としても断る理由はなかった。

外に行くという二人に、提督は風邪だけは引かないように伝えると鳥海たちは連れたって部屋から出て行った。

必然的に提督と妖精が一対一で話すことになるが、後に残された提督と妖精、そして猫はしばし無言になる。

しかし提督はこれはいい機会だと考えて妖精にある疑問を投げかけた。

「艦娘と深海棲艦が何者か、ですか?」

「ああ。それに妖精もなんなのか教えて欲しい」

妖精は真意の読めない笑顔のまま、猫の腹を撫で回していた。

「難しい質問ですね。人間に人間とは何かを問うてるのと同じです」

「人間だったら万物の霊長だったとか、朝昼夕で足の本数が変わる生き物だと答えられる」

妖精は逆に聞き返す。

「それを知ってどうするんです?」

「分かれば戦いの終わらせ方も見つかるかもしれないだろ」

猫を撫でていた妖精の手がしばし止まる。

表情は笑顔が張りついているが、頭のほうでは提督の発言を吟味している。

そして、また聞き返した。

「終わらせていいのですか?」

38: ◆xedeaV4uNo 2016/06/18(土) 22:16:28.68 ID:RbPj63Hb0

その問いかけは提督の虚を突いた。しかし、彼もすぐに気を取り直して言い返す。

「当たり前だろ」

「しかし艦娘は兵器と見なされています。特にあなたたち人間はそうであるのを求めている」

「確かに世論はそうだろうし、艦娘たちだって自分たちが兵器なのを否定しないよ」

むしろ艦娘たちは兵器という自己を肯定している。彼女たちにとって軍艦の依り代であるのは当然であって、兵器としても同様だった。

「抑止力という概念はありますが、結局のところ兵器というのは使われてこそ意味を持つのです。戦争が終われば艦娘は存在意義を失うのでは」

「兵器でしかないなら、そうなるだろうな」

艦娘たちは確かに兵器だが、それは側面の一つに過ぎないし、側面は本質の一面であって全てではない。少なくとも提督はそう捉えている。

「そんなことを言い出したら兵器でもないのに、それを扱って戦いたがる人間はどうなるんだ」

どうしようもない暴力性を秘めて、自分は無害だと謳いながら拳を振り上げ銃を手に破壊を命じることもできる人間は。

兵器以上に兵器らしいじゃないか。小さく吐き捨てると、提督は頭を振った。

彼にはこのやり取りがひどい茶番に思えている。

妖精は質問をするばかりで、提督の疑問にはまだ何も答えようとしていない。

39: ◆xedeaV4uNo 2016/06/18(土) 22:17:15.21 ID:RbPj63Hb0

「……俺はお前とは駆け引きを楽しむつもりなんてないよ。だから言っておく。戦争なんざなくったって艦娘はもう好きにやってける」

「それは興味深いですね。彼女たちには人権さえないのに」

「そんなのも要らないさ。人に合わせる必要がない」

妖精は笑顔のまま首を傾げた。

本当は分かってるだろうに、と提督は思う。

深海棲艦との生存戦争は人間が欠けてもやりようはあるが、艦娘や妖精が欠けては成り立たない。

万物の霊長。そこにいるのは艦娘か深海棲艦か、あるいは妖精たちか。

いずれにしても深海棲艦が姿を現した時に、人間はその座から転落していた。

「艦娘はとっくに人の手でどうこうできる相手じゃないし、そうでなくたって……艦娘は艦娘だ。権利は押しつけられるものじゃない」

これではまるでパラノイアだと提督は思い、悪友の軍医の悪癖が移ったのかもしれないと自嘲した。

「提督さんは今、己の一存で人という種の存亡に関わる話をしているのかもしれませんよ」

「笑えるな。たかだか一人の意思で人が滅ぶものかよ。人間は抗う生き物だしな」

話が逸らされているのを自覚し、提督は軌道修正しようと試みる。

「なんにせよ物事はいつか終わらせなくちゃならない。深海棲艦との戦いは人間が始めたわけじゃないが、落とし所は見つける必要がある」

「見つからなければ?」

「おそらく負ける。俺たちは深海棲艦についてほとんど分かってないんだぞ」

40: ◆xedeaV4uNo 2016/06/18(土) 22:43:04.95 ID:RbPj63Hb0

妖精が何事か言い出す前に、すぐ提督は言い足す。

自身の問いかけの出発点を。

「俺はもう誰にも沈んでほしくない」

提督が艦娘を率いるようになってから、先代の木曾を除いて戦没艦は誰もいない。

それを提督は奇跡のような確率だと思っていたし、奇跡というのがいつまでも続くわけもないと分かっている。

妖精は提督を見ている。その瞳は水底のようだった。

「秩序と混沌」

急に妖精は話の繋がりが分からないことを言い出す。

戸惑う提督に妖精は言葉を続ける。

「光と影、朝と夜、私と猫。プラスとマイナス。どういうことか分かりますか?」

「……表裏一体?」

「そうなんです。我があって彼があり、彼がありて我もある」

提督は思い浮んだままに言っただけだが、妖精が望んだ反応だった。それでも妖精と猫が反対というのは提督にも分からなかったが。

「艦娘と深海棲艦も本来ならそういう関係でした。今は均衡がだいぶ崩れてしまいましたけどね」

「さっきの喩えで考えるなら、どっちが欠けてもおかしくなるのか」

「はい。そして我々が双方についてお答えできるのはそれだけです」

「もったいぶった割りには生かせるような情報じゃなさそうだな」

「ええ、お恥ずかしい限りです」

変わらない表情のまま妖精は言う。

これ以上は教える気がないと自白しているぐらいだから、本当は恥じてないのだろうと提督は思う。

41: ◆xedeaV4uNo 2016/06/18(土) 22:43:59.78 ID:RbPj63Hb0

「我々についても多くは語れませんが目的は提督さんと同じです。彼女たちを失いたくはありませんし、幸せになってもらいたいのです」

「まるで親みたいだ」

皮肉だった。通じたのかは定かではないが妖精は頭を振る。

「我々はそのような大それたものではありませんよ。私たちはただ艦娘のために存在しているだけで」

「私たちの中には人間も含まれているのかな」

「どうして、そのようにお考えを?」

「さっきも言ったが人間がいなくても艦娘たちは成り立つからだ。でも、その逆は……」

妖精は猫を撫でながら少しの間を置いて言う。

「我々なら支配には興味ありません。流儀でもないので。もしかして提督さんは人間嫌いなのですか?」

「……博愛主義者じゃないのは確かだ」

「あなたがもし自分たち人間を軽んじているなら悲しい話です」

変わらない表情で妖精は言う。言葉だけで考えれば同情してるようだった。

「人間はそんなに大層な生き物じゃないぞ」

「そうですか? 我々も艦娘もあなた方から学ぶ点は非常に多いです。なぜ二人目以降の艦娘が生まれてきたんだと思いますか?」

それは提督が知りたいことの一つだった。彼は分からないと正直に答える。

「生きていたいという想い。そこに可能性が加わったためです」

「可能性?」

42: ◆xedeaV4uNo 2016/06/18(土) 22:44:55.25 ID:RbPj63Hb0

「提督さんや他の艦娘たち、その他の多くから何かを学び、何かを感じ、いかに考えていくか。その積み重ねが艦娘という存在を豊かにし、同時に新たな可能性を模索するきっかけになるんです」

妖精は手品のようにどこからかサイコロを取り出す。

その手が転がすサイコロは一の目を出し続ける。

「初めはどんなに振っても同じ目しか出てこないのが艦娘でした。それが彼女たちの成長に伴い様々な目が出てくるようになります。サイコロでいえば六ですが、それもすぐに足りなくなる」

妖精は別のサイコロも出していく。十面、二十面、三十面、百面と形と大きさを変えたサイコロが次々と。

「これでも足りなくなる。だから二つ目なんです」

妖精は同じ数のサイコロをもう一度出して並べていく。

「あなたの秘書艦で考えてみると、今のあなた方は互いに切っても切れない関係になっているのでしょう。そうして育まれる可能性がある一方で、提督さんという存在がいない鳥海という可能性は消えてしまう。だから新しい鳥海が生まれてきた」

「……違う人生を歩むために? 艦娘なら人生じゃなくって艦生か?」

「言い方は別にして、その通りです」

妖精の言葉を信じるなら、という前提で提督はその話に納得した。

彼女たちは同じ名を冠して、異なる目を通して世界を見ていくのだと。生きて興味が増えていけば、それだけ別の可能性を求めて。

「切っても切れないといえば、秘書艦さんは指輪をしていないんですね。条件は満たしているはずですが」

妖精は別の話を振ってくる。

43: ◆xedeaV4uNo 2016/06/18(土) 22:45:57.12 ID:RbPj63Hb0

一つだけある指輪は鎮守府の執務室に置いたまま、他には誰も存在すら知らないままになっている。秘書艦の鳥海も例外ではなかった。

「カッコカリなんて言ってもケッコンだ。おいそれと渡せるもんじゃない」

「そうですか……彼女たちの身を案じてくれる提督さんであるのなら、我々としては渡しておくのを勧めますよ」

提督は何か言い返そうと思って言葉を呑み込んだ。

指輪を渡さないのはカッコカリという艦娘を無視して人間の都合を前提にしたようなシステムと、妖精に対する言い様のない不安が理由だった。

その一方で身を案じるなら、という部分は引っかかった。もし彼女たちの伸び代が増して強くなるのなら、それは戦場で彼女たちを助ける要素になるはずだと。

それに彼は感じてはいた。自分の不快感と有るかも分からないリスクを盾に、最善を尽くすのを拒んでいるのではないかと。

生じた葛藤を察したように妖精は言う。

「私たち妖精は、艦娘のために存在していると言っても過言ではありません。艦娘や提督さんを騙すような真似はしません」

提督は考える。

信じる信じないは保留にしても、指輪を渡すという選択はもっと真剣に考えたほうがいいのかもしれない。

少しでも後悔したくないのであれば抵抗感などは些細な問題になるのかもしれない。やらない後悔よりもやる後悔、

提督が答えが出せないまま、妖精はまた別の話題を投げかけていた。

44: ◆xedeaV4uNo 2016/06/18(土) 22:46:34.86 ID:RbPj63Hb0

「ところで、あの二人を同時に運用できそうですか?」

「同じ艦娘同士で? 反対だな。無理ではないけど俺なら避ける。符丁で区別をつけられるが、それでも同じ艦娘が複数という構図は紛らわしくて混乱を招くだろうし」

そもそも同じ顔をした相手が近くにいるというのは耐え難いことのように提督には思えた。

妖精は感心したように頷くと、猫の前脚辺りを掴んで顔を隠すように吊し上げる。

「提督さんはどうして我々が人間を立てるのか疑問に思っているようですが、今のが答えです。我々には人間の持つ価値観による判断が重要なんです」

「人は……俺は間違えるぞ?」

「学ぶのに正解はないと考えています。そろそろ二人が戻ってきそうですね」

結局、提督からすれば分かったこともあれば分からないままのこと、かえって悩まなくてはならないことまで出てくる有様だった。

「提督さん、我々はあなたを提督に据えたのは正解だと思っています。何かあればできる限り力を貸しますので」

そして……提督は最後の言葉に関しては、あまり信じていなかった。

45: ◆xedeaV4uNo 2016/06/18(土) 22:48:52.08 ID:RbPj63Hb0
今夜はここまで
添削で省いたけど、鳥海たちは初体験の感想とか妙な方向の話をしてます
47: ◆xedeaV4uNo 2016/06/21(火) 07:34:50.53 ID:Kr4DKSAm0
テンポがあまりよろしくないので削れるところは削らないとね……
ここで変に説明ぶっ込もうとしなければよかったのかもですが
48: ◆xedeaV4uNo 2016/06/21(火) 07:35:33.24 ID:Kr4DKSAm0

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

提督が面談を行う一方で、執務室の外では鳥海が順番の整理を行っていた。

あまりに列が長くなりすぎたので、現在は記帳式に切り替えて次の一組だけ待たせる形にしている。

待ち時間はまちまちで一組目の多摩と木曾が十分ほどで済んだかと思えば、その後の妙高と足柄は一時間近く話し込んでいた。

こうなってくると鳥海も待つ艦娘も暇を持て余すので、雑談に花を咲かせることになる。

「印象変わりましたよね。髪型は……変わってないと思うんですけど」

「そうかしら? 確かにお下げにまとめる髪は増やしてみたんだけど……変?」

「いえいえ。ボリューム感が出て余裕の表れみたいというか、よりおおらかに見えると言いいますか」

「ふうん、じゃあ今までそうじゃなかったと言いたいのかしら?」

「まさか。叢雲さんのそういう鋭いところは変わらないんですね」

「あら、ありがとう。褒め言葉は丁重に受け取るわ」

鳥海の向かい側に駆逐艦の少女、叢雲が椅子に座っている。

改二艤装への更新に合わせて変わった印象について二人は話していた。

叢雲はタイツに包まれた足を組み背筋を張った姿勢で、利発そうな表情と相まって様になっている。

それでいて張り詰めた気配は微塵もなく、同じ艦娘からも厳しい性格と評されることが多い叢雲だが、今の様子からではそう見えない。

49: ◆xedeaV4uNo 2016/06/21(火) 07:36:29.02 ID:Kr4DKSAm0

「ところで鳥海はこの件をどう思ってるのよ」

「私ですか?」

「もしかして自分には関係ないって思ってない?」

「ええ……そこまでは」

「あんたねえ……」

叢雲は顔を手で押さえると頭を振る。それでも、すぐに気を取り直す。

「もしかして司令官と私たちが納得するかの話だと思ってない?」

「違うんですか?」

「ううん、あってる。でも判断材料には鳥海も入ってる。だから無関係でもないのよ」

そういうものでしょうか、と鳥海は曖昧な笑みを浮かべた。

そういうものよ、と叢雲は神妙に答えた。

「いい? 例えばそう……磯波とかね。指輪にもカッコカリにも興味あるの。でも、あんたと対立してまではと遠慮するような子よ」

鳥海が考え込むのを見て叢雲は話を続ける。

「他にも例えば……高速戦艦のKとしましょうか。そのKは常日頃から、あいつが好きだと公言してて」

「たとえですか?」

「――たとえはたとえよ。まあ、今回の一件でそういう子も望めばカッコカリできるわけ」

「そうなりますね」

「で、司令官と鳥海で固まっていた仲にも割り込める――そういう望みを持つかもしれない。望みがあるなら諦めない。それが艦娘じゃない?」

「……そうかもしれません」

「だから、あんたがどう思うかも無関係じゃないのよ。主に火種って意味でね」

「……それなら私の答えは簡単です。私は司令官さんの意思を尊重します」

「他の子を優先するようになったとしても?」

叢雲はわざと挑発するように問いかける。

対して鳥海は穏やかに微笑み返した。

50: ◆xedeaV4uNo 2016/06/21(火) 07:37:17.85 ID:Kr4DKSAm0

「月並みですけど信じてますから」

「何それ、正妻の余裕ってやつ?」

「そういうのじゃありませんよ……でも信じたいだけの理由はあります」

「あー、はい。ごちそうさま。それだけ聞ければ十分よ」

叢雲はたとえという形で聞いたが、彼女もまた遠慮という立場を選ぼうとしていた。

しかし鳥海の様子から、それは懸念だと判断して話を受けようと決める。

少しだけ緩んだ気持ちが叢雲の口を軽くしていた。

「ったく、何があればそこまで言えるんだか」

「気になりますか?」

叢雲はここでちょっと嫌な予感がした。

「別にそこまでは……」

「せっかくだから聞いてくださいよ。司令官さんと何があったか。デートに行ったんですよ。たぶんデートだったと思うんですけど」

「本当にいいから。そういうのは摩耶とか島風とか他にちゃんと聞いてくれそうな人が」

「今ここで話したくなったんです。だめでしょうか?」

もっと強く断るべきだったと叢雲は気づいたが後の祭りだった。

何せ彼女たちは暇を持て余している。

「あれは先日の……」

「あ゛あ゛あ゛あ゛」

藪蛇だったらしい我が身を嘆いて叢雲はあられもない声を上げた。

51: ◆xedeaV4uNo 2016/06/21(火) 07:38:57.58 ID:Kr4DKSAm0

─────────

───────

─────

と号作戦の会議はつつがなく終了していた。

詳細な作戦計画より発動までの段取りや戦力の配備計画、作戦完遂後にいかにトラック諸島を拠点化し運用していくかを主眼に置いて議論されたためだった。

投入される戦力は横須賀鎮守府に在籍する全艦娘に加えて、それまで未配属だった艦娘が年明けすぐに多数組み込まれることになっている。

加えて改二艤装への更新や新装備の導入も推し進められる。

手薄になる本土の守備には二人目以降の艦娘が就き、また妖精による陸上航空隊も各地に設立、配備されるのがすでに決まっていた。

この陸上航空隊はトラックにも配置されることになっており、と号作戦の輸送艦隊に積み込まれる。

輸送艦の手配から人員の選定、配備など含めて三月中旬を目処に作戦が発動する形で会議はまとまった。

そうして提督と鳥海は来た時と同じように公用車で移動していた。

外の景色を見る鳥海の横顔に提督が話しかける。

「トラックが任地だってな。まるで明智光秀だ」

「そうですか」

至極素っ気ない返事を鳥海は寄越す。

提督は気後れしたが、それでも話し続ける。

「光秀は本能寺の変を起こす直前、信長に領土を転封されてるんだ。まだ毛利領……敵地の国に。奪還もしてないトラック泊地鎮守府提督なんて肩書きの俺とぴったりじゃないか」

「ええ」

「まあ、光秀の転封も後世の創作らしいけどな」

今度は何も答えなかった。鳥海は頑なに車窓から冬の空を見ている。

面白みのない話なのは提督にも分かっているが、彼女が反応しない理由がそこじゃないのも分かっていた。

52: ◆xedeaV4uNo 2016/06/21(火) 07:40:01.15 ID:Kr4DKSAm0

「何が不満なんだ? 妖精に頼んどいた服のセンスか?」

今の二人は私服らしい格好に着替えている。街中に出るのに制服はあまりに悪目立ちしすぎるためだ。

提督の場合はシャツにズボンとありきたりの格好な上に、セーターを重ねてコートを羽織ってしまえば簡単に人混みに溶け込んでしまうだろう。

鳥海は淡いクリーム色のワンピースに緑のカーディガンを羽織っていて、色合いは普段の制服と同じだが受ける印象はずいぶん違う。

提督は妖精のセンスは決して悪くないと思っている。

いっそ鳥海の服装を評論すれば反応するだろうかと考え始めたところで、鳥海が口を開く。

「……理由はお分かりのはずです」

提督を見る鳥海の眉根は下がっていた。

鳥海は怒っているわけではなく心配している。顔を見れば明らかだった。

「俺が前線に出るのがそんなに不安か? それとも余計な重荷を抱えたくないのか?」

「両方ともです」

「まあ、そうなるな」

「司令官さん、私は真剣に……マリアナで補給するんですから、そのまま現地に留まってくれた方が。あそこにだって基地施設は……」

鳥海の言葉を提督は手で制す。

「と号作戦を完遂するには、俺も現地にいたほうがいいのは分かってるんだろ」

鳥海は言い返さなかった。

遠く離れた場所からでの指揮では判断材料を見誤ってしまうかもしれない。そうでなくとも命令の遅れというのを提督は強く警戒していた。

53: ◆xedeaV4uNo 2016/06/21(火) 07:41:16.80 ID:Kr4DKSAm0

「迷惑をかけるのは承知してる。だが足を引っ張るだけのつもりはないよ」

「……それでも心配ぐらいしてもいいじゃないですか」

今度は提督が何も言えない番だった。

息苦しくなるような沈黙が続く内に目的地に着いた。

「ここって……」

「ショッピングセンターかな」

二人が立ち寄ったのは日本各地で増えつつある複合型のショッピングセンターの一つだ。

地域密着型の施設で四階建て。その手の施設としては規模としては小さいが、限られた時間を二人で見て回るには十分だと提督は判断していた。

車を降りて、まだ戸惑う鳥海の手を引いて中に入る。

二つのドアを潜れば、センターには家族連れから壮年の夫婦、三十絡みの主婦たちに友達同士の学生やら制服の店員たちと様々な人間がいる。

これで休日だったら人でごった返していたに違いない。特に今はクリスマスが近い。

「待ってください」

鳥海が立ち止まる。彼女としては大して力を入れてないのだろうが、それだけで前に引いていた提督の体が進めなくなる。

「どうすれば?」

「好きにするといい。見て回って欲しい物があれば買っていいし……ああ、金の心配はするなよ」

54: ◆xedeaV4uNo 2016/06/21(火) 07:42:20.05 ID:Kr4DKSAm0

「では、お言葉に甘えて……」

そう答えるも、鳥海はまだ迷ってるようだった。

仕方のない話ではある。

彼女たち艦娘が市井に接点を持つ機会はほとんどなかった。

個人の買い物は専属の業者に委託して取り寄せるという形式になっている。

以前は提督も艦娘たちの娯楽も兼ねて、鎮守府の敷地内に一般の店舗などを誘致できないかも考えていたが実現はしていない。

軍機の保守と民間人の安全を保障しきれないという二つの問題を解消できないとされたからだ。

それでも提督はそれ自体は諦めていない。トラック泊地での構想も考えているが、まだ絵に描いた餅と変わらない。

鳥海はしばらく立ち止まっていたが、やがて歩き出す。

行き先も歩幅も彼女に任せようと提督は決めた。

最初に立ち寄ったのはファンシーショップだった。

たぬきなのか熊なのか魚なのか、明るい色使いで彩られている掴み所のない顔をしたキャラクターたちが所狭しと並んでいる。

時代や戦況によってはこういうキャラでさえ戦意高揚のために利用されたりするが、主張に妥協しないキャラたちからはそういう様子を微塵も感じない。

それはたぶん好ましいのだろうと提督は思った。日々の苦労を癒すための存在にあまりに似つかわしくないと思えたからだ。

鳥海は文房具やタオルなどの生活用品が並ぶ中を抜けて、ぬいぐるみコーナーに向かう。

だれた顔をしたぬいぐるみを手に取る。切り身のぬいぐるみらしい。

55: ◆xedeaV4uNo 2016/06/21(火) 07:43:00.19 ID:Kr4DKSAm0

「切り身ってなんだ……」

「摩耶がこういうの好きなんですよ」

「摩耶様の意外な側面ってわけか」

「意外ですか? 天龍さんもこういうの集めてますけど」

さらりと秘密らしいことを聞かされて提督は反応に困った。

同時に、鳥海からでさえこうして秘密は漏れていくのだから恐ろしい話だとも思った。

「愛宕姉さんにはこれがいいかしら」

今度はパンツをはいた豚だった。色々あるんだなと提督は妙な感心をしていた。

「この二つ、よろしいでしょうか?」

「高雄にはいいのか?」

「高雄姉さんはこういうのをもらっても困ってしまうかもしれませんので。別の小物などを見繕ってみます」

高雄には後で日本酒の入ったチョコの詰め合わせを買うことになる。

「島風には連装砲ちゃんがいるし、何がいいのかな」

鳥海は楽しそうだった。しかし提督には気がかりもある。

「なあ鳥海。買うのは構わないんだが、自分の分も買ったらどうだ? さっきから誰かの分しか買ってないだろ」

「あ……せっかくだから、そうですよね」

鳥海は愛想笑いみたいな表情で提督をかわす。

これが駆逐艦なら何にするかで悩みはしても、買うのを迷いはしないだろう。

車内で見せていた不満が消えているので、提督としてはまず最低限の成果は収めているが。

56: ◆xedeaV4uNo 2016/06/21(火) 07:44:06.37 ID:Kr4DKSAm0

「司令官さんこそ、どうしてここに?」

「こっちに来た時、デパートを気にしてただろ。場所は違うけど、こういうとこに連れて行ってもいいと思ったんだよ」

本当はもう一つ大事な理由があるが、それはすぐに行動に移す予定なので言わない。

この後も店を変えながら物色は続き、ショーウィンドウの前で鳥海が立ち止まる。

マネキンたちが冬物を着込んでポーズを取っていた。

鳥海は借り物の服を見て、聞かれるでもなく無言で頭を振る。

「普段からもっと服装に興味があったらよかったんですけど。司令官さんはどう思いますか?」

「俺はあまり気にしないけど、鳥海は気にしてもいいと思うぞ。もっと着飾ったり化粧してみたりだとか」

「そうですよね……あ、そういえば」

「どうした?」

鳥海はおかしそうに笑う。

「思い出したことがあるんです。軍艦の頃の話なんですけど、私に乗ってた人がある艦を厚化粧って読んだんですよ。その子もそれを覚えてて、今なら私を野暮ったいなんて言い返すのかなって」

「俺の知ってるやつか?」

「いえ、うちにはいませんね。いずれ会うかもしれませんけど」

鳥海は意外とこういう昔話はしたがらないので、提督には新鮮に映る。

「そうか。それにしても本当に興味ないのか?」

「興味ないというか……うまく想像できないんです」

鳥海は困ったように眉尻を下げる。

57: ◆xedeaV4uNo 2016/06/21(火) 07:45:31.11 ID:Kr4DKSAm0

「私だって女子の端くれです。でも、私たちの普通を考えちゃうと……これでいいのかなって」

「いいじゃないか。まあ物は試しって言うし、買う物に悩んだ方が健全かな」

二人はブティックに入る。

こういう時、男がウンザリするほど女の品定めは長いと相場が決まっている。

あれこれ試着しては候補から外しきれず、悩みに悩んで予算の範囲内で妥協するというのが定番だと、提督はそう考えていた。

しかし鳥海はあれこれ服を選んでみても試着はせずに時間を潰していく。それも長続きしない。

結局、鳥海は何も買わなかった。

だからというわけではなかったが、提督はここで目的を果たすことにする。

「……これなんてどうだ?」

店を出てすぐ、彼は自分で買ったマフラーを手渡す。

自然に言ったつもりだが、内心では緊張もしていた。

提督は形が残る物を誰かにあげたり受け取るのは、ずっと避けてきたからだ。

形見になってしまいそうだという思いがあるからだ。実際、彼が受け取ったり預けた物がそうなってしまったことは続いた。

提督としてはそれを思い込みと認めて打破したかった。でなければ指輪を渡すことなどできないと。

だから、まずは慣れが必要だった。いきなり誰かに指輪を渡すよりも、もう少し軽い物で。

指輪の意味合いはもっと重くなるし、それを節操なく渡すことになるかもしれないのだから。

「これを私に……?」

「この季節は首元が寒いんじゃないかと」

受け取り、鳥海はじっと見つめる。

「男のセンスだから気に入らなかったらごめんな」

「そんなことありません……」

「本当はバルジ周りをどうにかしたほうがいいとは思うんだけど、お腹を見せてこその鳥海というか」

照れ隠しにしても他に言い様があるはずだが、提督には言葉が思い浮んでこない。

58: ◆xedeaV4uNo 2016/06/21(火) 07:46:05.39 ID:Kr4DKSAm0

「……まあ気まぐれみたいなものさ」

もちろん嘘だが、今ならこんな嘘は嘘にならないと提督には思えた。

鳥海はおもむろに眼鏡を外すと、いきなりマフラーに頭を下げるように顔を押し当てた。正直、提督は面食らう。

「タオルじゃないぞ」

「わ、分かってます」

毛糸越しの声は少しかすれていて、どうしてそうなったか察しがつくと猛烈に叫びたくなった。

もちろん本当に叫ぶわけにはいかないので、取り乱して辺りをうろうろと歩き回る。端から見れば怪しい挙動であっても、彼もあまり冷静ではなかった。

「鳥海は最高だな!」

「い、意味が分かりません!」

鳥海は眼鏡をかけ直すと、そんな反論をしてくる。頬に赤みが差していた。

「このお礼は必ずします!」

「もうもらってるよ」

提督からすれば、そんな反応がもらえたなら十分すぎた。

そして提督はこの時、決心した。

「少しばかり話を聞いてくれないか」

提督は指輪の話、それを全員に配る気になったのを鳥海に伝えようと決める。

彼は自分なりの善処を尽くしてみようと決心していた。

59: ◆xedeaV4uNo 2016/06/21(火) 07:50:08.80 ID:Kr4DKSAm0
ここまで。これで今週のノルマは達成
次回はさっさと戦闘から始めるか、ローマの話を差し挟むかは未定
62: ◆xedeaV4uNo 2016/06/23(木) 10:52:34.39 ID:Ua+sI2430
乙ありなのです!

サンマ漁を強いられていた時を思い出したのは何故だろうか

63: ◆xedeaV4uNo 2016/06/23(木) 10:53:44.09 ID:Ua+sI2430

備忘録を兼ねて艦隊編成。
特に補足がない場合は改二が存在する艦娘は改二とする。
順不同。

○水上打撃部隊
・高雄型
・妙高型
・プリンツ、ザラ
・武蔵、長門、陸奥
・伊勢、日向、扶桑、山城
・ビスマルク改・ローマ・リットリオ
・雲龍、龍鳳、飛鷹、隼鷹(いずれも艦載機は艦戦+彩雲)
・球磨型
・川内型
・島風、天津風
・綾波型
・白露型
・夕雲型
・Z1、Z3、リベ
・秋月、照月
・明石
・秋津洲
・潜水艦隊

○機動部隊
・雲龍型、グラーフ、大鳳を除いた正規空母。また鶴姉妹は改止まり
・千代田、千歳、祥鳳、瑞鳳(いずれも艦載機は艦戦+彩雲)
・金剛型
・とねちく
・五十鈴、阿武隈
・大淀
・阿賀野型
・暁型
・陽炎型
・朝潮型

○輸送艦隊
・天龍、龍田
・長良、名取、由良
・夕張改
・古鷹型
・最上型
・睦月型
・吹雪型
・初春型
・鳳翔、グラーフ
・あきつ丸
・瑞穂

64: ◆xedeaV4uNo 2016/06/23(木) 10:54:22.97 ID:Ua+sI2430

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

月の沈み始めた夜空に、空とはまた違う色の黒点が多数浮かんでいる。

その正体は艦載機の集団だった。

トラック諸島から二百海里の位置より、艦娘たちの手により飛び立った海鷲の群れは烈風、彗星、流星の三機種を中核とした戦爆連合で述べ四百六十機に上る。

払暁になる頃、先導する彩雲に導かれた戦爆連合はトラック諸島の東側から侵入すると二群に分かれて、それぞれ春島と夏島の飛行場を目指していく。

深海棲艦側も艦載機の飛来を察知し、押っ取り刀で球状の迎撃機を上げ始める。

しかしその動きは新たに彩雲に搭載された電探により察知され、烈風の一団に素早く頭を抑えるよう指示を出す。

まだ高度も速度も上がりきらない深海棲艦の戦闘機を、烈風たちは急降下からの一撃で次々に撃墜していく。

その間隙を縫うように飛行場へ流星隊の水平爆撃が始まり、彗星隊は散発に始まった対空砲を狙って急降下爆撃を加えていく。

流星は五百キロ爆弾と八百キロ爆弾を装備した二種があり、五百キロ組が先行して爆撃を始め八百キロ組が後続して爆弾を投下した。

第一次攻撃は三十分とかからずに終息する。

艦載機側の被害は空戦と対空砲火により十五機を喪失。

一方、深海棲艦側は春島と夏島の飛行場を早々に使用不能に追い込まれた。

港湾棲姫から見れば復旧そのものは難しくなかったが、流星の投下した八百キロ爆弾の三分の一は時限信管がセットされていた。

それらは空襲後の二時間に渡り各所で断続的に爆発を起こすことになる。

いつ爆発するか分からない爆弾は飛行場を修復しようとする港湾棲姫を悩ませ、一時的に両島を放棄させた。

と号作戦の第一陣はこうして始まった。

65: ◆xedeaV4uNo 2016/06/23(木) 10:55:39.27 ID:Ua+sI2430

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

と号作戦に当たり、妖精は従来の装備や設備の環境を大幅に向上させていた。

その恩恵を最も受けたのが彩雲であり、電探を搭載するようになりビデオ撮影した映像をリアルタイムで司令部施設へ送信できるようにもなっている。

彩雲から中継されてきた映像は艦隊旗艦を務める高速輸送艦『出雲』の作戦室スクリーンに映し出されている。

映像は黒煙を上げ穴だらけになった夏島の姿で、春島も似たような状況だった。

飛行場の損害では航空機の運用は不可能なはずだった。少なくとも人間の見地から考えれば。

「上手く行きすぎか?」

提督は独りごちる。

被害は最小限に、戦果は最大にというのは指揮官であれば誰しもが望む展開だが、実際に成立すると落とし穴が潜んでいるようにも彼は感じてしまう。

味方から挙った損害も含めて、第一次攻撃は一方的な成功と言っていい。

「まずは上々な滑り出し、ですかね」

出雲の艦長が提督に話しかけ、提督も頷き返す。

三十過ぎの長身の男で、日に焼けた肌は黒い。髪は海軍の規定に反して長いが、あまり手入れもされていない。意図してというよりは勝手に伸びてしまったという様子だった。

また彼は上手く隠しているが、左腕が思うように動かず不自由なのに提督は気づいている。

事前に艦長の経歴を見る機会があった提督は、艦長が深海棲艦との緒戦に参加し重傷を負いながらも生還したのを知っていた。

おそらくは後遺症があると推測し、手腕としてハンデを周囲には気づかせないのなら、蒸し返すような真似は必要ないと結論づけた。

提督が艦長に好感を受けたという点も影響はしているかもしれない。

66: ◆xedeaV4uNo 2016/06/23(木) 10:56:18.17 ID:Ua+sI2430

「無線封鎖は、このままで?」

「ああ、次も予定通り対地攻撃をやってもらう」

機動部隊には第一次攻撃隊で十分な被害を与えたと判断し、かつ敵艦隊を未発見の場合は対地攻撃を行うよう事前に命令している。

ただし、この場合は烈風の比率を七割にし、烈風の半数を戦闘爆撃機として運用するよう指示していた。

提督としては、ただの一度の攻撃で基地施設を封じられるとは考えられなかった。

その点、烈風なら爆弾を投棄してしまえば通常の戦闘機として扱える。

攻撃隊の七割が戦闘機なら大きな被害は出ないだろうと提督は見込んでいた。

提督には懸念があった――深海棲艦のたこ焼きは長大な滑走路を必要としない。それは港湾棲姫を映した映像でも示唆されているし、艦娘が扱う艦載機でもそうだった。

春島と夏島の飛行場が最大規模の拠点なのは確かでも、各島に分散配備して航空機を隠している可能性は十分にある。

運用上の不備がないのなら、被害分散の目的でもやらない理由がなかった。

そうなると深海棲艦はまだ余力を残していることになるし、全島を目標にすると機動部隊の火力だけでは中途半端な戦果しか挙げられない。

67: ◆xedeaV4uNo 2016/06/23(木) 10:57:07.19 ID:Ua+sI2430

「こちらはこちらの任を果たそう」

打撃艦隊としては敵地に艦砲射撃を行う必要があり、提督の座乗する出雲を含めた三隻の出雲型輸送艦は西進していた。

このうち電装を更新し指揮能力を強化しているのは出雲のみで、同型艦の丹後と相模は更新が間に合わず通常の機器のままだった。

三隻に艦娘は分乗し、また三隻とも先行上陸のための工兵が乗り込み資材も積み込んでいる。

打撃部隊には雲龍、龍鳳、飛鷹、隼鷹といった空母たちも組み込まれていて、彼女たちから飛び立った彩雲が進路方向に半円状の索敵網を敷いている。

敵艦隊を発見できないまま正午を迎える。

その間に機動部隊の彩雲からは第二次攻撃の様子が中継され、そこでは懸念通りにそれまで見過ごされていた島々から迎撃機が上昇するのが映されていた。

二百五十キロ爆弾を積んでいた烈風もそれらを一斉に海上に投棄し、迎撃態勢を整えていった。

この攻撃でも攻撃隊の被害は軽微だったが、攻撃そのものは不十分な結果に終わる。

一三一○。機動部隊が第三次攻撃の発艦を始めた頃、打撃艦隊も進路上に布陣する深海棲艦の艦隊を発見した。

ル級とタ級戦艦を合わせて十隻含んだ有力な艦隊で、ヲ級やヌ級も含んでいれば随伴艦も多い。

出雲の電探で確認された総数は百八に及び、それらに番号が割り振られていく。これらは艦娘たちにも共有される。

「出てきてくれたか。泊地にしかける前でよかった」

提督は安堵の息を漏らすが、まずは優勢な数で大きく敵艦隊を撃破しなくてはならない。

深海棲艦は主力の戦艦部隊を中央に置き、その両翼をリ級やチ級といった巡洋艦が固め、それぞれにイ級が付き従うという構図だった。

68: ◆xedeaV4uNo 2016/06/23(木) 10:58:13.09 ID:Ua+sI2430

雲龍たちが直掩の戦闘機を上げる中、無線封鎖を解いた打撃艦隊は提督の指揮に合わせて艦娘たちも次々に展開していく。

「長門以下、武蔵、伊勢型、扶桑型は正面、敵戦艦を迎え撃て! 妙高型、綾波型、白露型も正面。戦艦部隊を支援しろ!」

深海棲艦が正面に主力を当てるなら、提督もそれに応じるしかない。

その一方で高速戦艦たちには別の命令を与える。

「ビスマルク、リットリオたちは右翼側から艦隊を攻撃、そのまま右翼の敵を撃破したら敵戦艦を長門たちと挟撃。球磨型、夕雲型もそちらに!」

横文字混じりの応答を聞きながら、提督は左翼側にも目を向ける。

「高雄型、川内型、島風、天津風、秋月型は左翼の敵を迎え撃て。主力を潰すまで戦線を支えるんだ!」

迎撃の戦闘機が編隊を組んで東の空に向かう間に、艦娘たちも布陣を整えて進撃を始めている。

その様子は出雲の艦上でも電探の輝点として確認できた。

動きとしてみるなら夕雲型の何人かが遅れ気味で、それは経験不足による緊張によるところが少なくない。

その点を指摘するのはこの時ではなかったし、この時の提督の役目でもない。今の彼は無事を願いつつ戦況の変化に目を凝らすしかなかった。

69: ◆xedeaV4uNo 2016/06/23(木) 10:58:41.81 ID:Ua+sI2430

艦載機同士の空戦は、戦闘機の数で倍近い差をつけている艦娘側が圧倒し制空権を確保する。

途中から参加した瑞雲が爆撃に移るが、目立った戦果は挙げていない。

「武蔵、先行して砲撃を始めるぞ!」

最初に砲撃を行ったのは武蔵で、他艦よりもひときわ長い射程を生かした形だった。

武蔵の砲撃は護衛に付いていたイ級たちの頭上を飛び越えて先頭のル級に届くが、水柱を巻き上げるに留まる。

その一方で転用できる諸元のいくらかは出雲を介して、他の艦娘にも転送されていく。

武蔵が次発装填を終える前に、各所では最前衛を務める艦娘たちが砲戦を始めていた。

砲戦が始まって一分。

左翼側にいたリ級三隻の反応が次々に消えていき、今またイ級の反応も一つ消失する。残りはイ級が二隻だが、これもすぐに消えた。

他の二ヶ所でも優勢に戦闘を進めているが、左翼側の動きは輪をかけて早い。

そちらで先鋒を務めているのは鳥海、摩耶、島風、天津風の四隻だった。

「左翼側、戦況は?」

少し遅れて鳥海の声が届く。普段よりも張った声だった。

『敵部隊を潰走させました。こちらに被害はありません!』

70: ◆xedeaV4uNo 2016/06/23(木) 10:59:58.11 ID:Ua+sI2430

─────────

───────

─────

撃てば当たった。というのが短い砲戦における鳥海の感想だった。

弾道を計算し、それらに電探による補正や経験からの誤差を加えて撃つ。そういった砲撃を単発で連続して加えながら照準を調整し、挟叉を得られたら斉射に切り替える。それが砲戦の基本で、弾の無駄撃ちも減らせる。

しかし鳥海は初撃から斉射だった。

照準をつけている内に、当てられると直感したからだ。

最初の砲撃で鳥海に狙われたリ級は水柱に紛れて爆発の光が走り、少し遅れてから大爆発を引き起こした。轟沈だった。

深海棲艦の先鋒はリ級とイ級が三隻ずつという編成だったが、その一角を早々に失った形だ。

深海棲艦も何か尋常ではない様子を感じ取ったのか、鳥海に狙いを定め砲弾を放つ。

まだ当たらないと割り切っている鳥海は最後尾のリ級を目標に定める。

自動装填の兼ね合いで、彼女の主砲は十五秒に一度の砲撃ができる。

それを長いと取るか早いと取るか、少なくともこの時の鳥海はもどかしさを感じていた。次も当てられると予感していたからだ。

装填が終わるなり、鳥海はすぐさま斉射する。

右側に三基六門、左側は二基四門で計十門となる三号型二十センチ砲が干渉を避けるための誤差を加えて一斉に放たれる。それは最初と同じ結果を呼び込んだ。

「当たった!」

高揚の響きを乗せた鳥海は、二十六番が割り当てられた摩耶が撃ち合うはずだったリ級も狙いに定め、そのまま沈める。

その間に島風たちもイ級を沈め、相手を失った摩耶も残るイ級への砲戦に入ったため早々に勝負が付いた。

71: ◆xedeaV4uNo 2016/06/23(木) 11:00:57.42 ID:Ua+sI2430

提督から状況を求める通信が入り、鳥海がそれに応える。

『もう沈めたのか?』

鳥海は少し迷ってから答える。

「計算通りに撃ったら当たりました」

提督が息を呑む気配が伝わってくる。

一分足らずに三隻撃沈という戦果は演習でもまず出ないし、鳥海にも経験のない話だった。しかも被害はない。

『左翼側、戦線を押し上げる。できるか?』

「はい!」

『まず左翼側を潰走させる。鳥海たちはそのまま前進。見つけた側から攻撃だ。後方の高雄たちは鳥海たちの支援。場合によっては、中央艦隊を側面から支援』

提督からの命令の下、再び彼女たちは動き出す。

――この海戦で艦娘側は数で劣っておいたが質の面では大きく優位に立っていたために、深海棲艦側を散々に打ち破る形で帰結する。

74: ◆xedeaV4uNo 2016/06/26(日) 01:08:25.65 ID:eALce8hH0
ありがとうございます。土曜に港湾戦ぐらいまで行けるかと思ってたけど、そんなことはなかった
書けたら続きを二十何時間か後にってことで
75: ◆xedeaV4uNo 2016/06/26(日) 01:09:03.57 ID:eALce8hH0

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

一六一○。

先の海戦を終えて補給や応急処置が進む中、出雲の対空電探が敵影を捉える。接触までおよそ四十分で艦娘たちの出撃や迎撃機の準備を済ますには十分な時間だった。

出雲型を中心とした輪形陣が三つ作られ、雲龍らから放たれた烈風は味方艦からの対空砲火に巻き込まれないように、さらに前方の海域にまで進出していた。

しかし敵機は少なくとも三百機を数えているので、航空隊の劣勢は確実だった。

出雲の護衛には摩耶と秋月型。夕雲型の高波から清霜までの五人に、戦艦では武蔵と扶桑、山城が就いている。

その中でも摩耶と秋月型は敵機の予想侵入方位に一番近い位置に陣取っていた。

摩耶は急造の僚艦となった秋月型の二人に話しかける。

「緊張してるのか、新人」

「はい! いいえ、問題ありません!」

言い直す秋月に摩耶は初々しさを感じる。

照月は姉と比べれば落ち着いていたが、それでも動作には緊張らしい硬さが残っていると摩耶は見て取った。

「二人はさっきのが初陣だっけか?」

「はい。ガンガン撃つつもりだったんですけど、気づいたら終わっちゃってて」

「あれは確かになぁ」

照月の感想に摩耶も頷くしかなかった。苦戦するはずと考えていた戦いは終わってみれば快勝だった。

76: ◆xedeaV4uNo 2016/06/26(日) 01:10:32.84 ID:eALce8hH0

「みなさんの動きがすごかったですけど、あれはやっぱり指輪の効果もあったんですか?」

「私たちもせっかくだからもらいましたけど、練度が足りてないみたいで」

摩耶は自分の左手をかざしてみる。手袋で隠れているが、摩耶の指にも指輪がはめられている。

作戦前に提督から指輪を受け取ったのは全体の三分の二ほどで、残りのは三分の一は断るか保留という形だった。

摩耶にも摩耶なりの葛藤はあったが受け取っている。

自分の感触や直前の戦闘での鳥海の戦果を思い返しながら答える。

「調子のよさはあるけど、大事なのは日々の訓練だな。これがあるからって簡単に強くなれるわけないだろ」

いかにも先輩らしい答えだと、摩耶はちょっと悦に入った。

秋月も感心したように摩耶を見つめる。

「やはり日々の積み重ねが最善ということですね。それにしても指輪……牛缶いくつ分なんだろう」

「秋月姉、その比較はどうかと思うな」

「そうかな?」

「え……そうだと思うけど……あ、そういえば出雲の守りってこれでいいんですか? 旗艦なのに他の艦より守りが薄いような」

77: ◆xedeaV4uNo 2016/06/26(日) 01:11:23.06 ID:eALce8hH0

話を強引に変えた照月だったが、その疑問は摩耶も配置割りを聞いて最初に感じていた。

「確かに配置についてる数は少ないみたいだな。ま、そんだけあたしらが期待されてるってことだろ」

摩耶は答えつつ、ここが敵機が狙いやすいように用意された穴だとも気づいていた。

「ったく旗艦のやることじゃないだろうに」

「どういうことです?」

「あんなんでも提督だから、しっかり守ってやんねーとってことさ」

照月が不思議そうな顔をしたのと同時に、夕雲型の中でも特に目のいい高波がいち早く報告してくる。

「敵攻撃隊、一時の方向に目視したかも! じゃなくて目視しました……です!」

それを受けて提督が艦隊全体に通信を入れる。

『日没までの時間を考えれば、これが最後の攻撃だ。総員の奮起に期待する』

「よーし、対空戦闘だ! 提督はあたしの後ろに隠れてな!」

78: ◆xedeaV4uNo 2016/06/26(日) 01:12:39.56 ID:eALce8hH0

─────────

───────

─────

軽巡の那珂と川内は北の方角に目を凝らしているが、敵影はまだ見えてこない。

姉妹なので二人の制服は似通っているが、那珂は艦隊のアイドルを自称するだけあって自前のマイクを持ち込んでいたり、スカートをフリルに改造している。

姉の川内は黒い手甲や、吹き流しに似た白のマフラーを巻き、どことなく忍者を思わせる姿をしている。

気合いの入った摩耶の声を聞いて、那珂はくすりと笑う。

「おー、摩耶ちゃんってば張り切ってるねー」

「うんうん、分かるよ。陽が沈めば夜戦ができるからね!」

姉の嗜好にさっきとは違った意味での笑顔が那珂の顔に出る。アイドルとしてはなんとか許される範囲の笑顔だった。

「たぶん違うと思うよ?」

「夜戦やらないの?」

「そうじゃなくって……うん、お姉ちゃんはそのままが一番だよ」

「どういう意味さ、那珂ってばー!」

79: ◆xedeaV4uNo 2016/06/26(日) 01:13:36.47 ID:eALce8hH0

武蔵は両腕を組んで空を仰ぐ。重々しい艤装と相まって、その姿は正に威風堂々としている。

そのすぐ隣では清霜が同じように腕を組んでいる。彼女は小柄だった。

「武蔵さん、戦艦とはこのような時に何を考えるのでしょう?」

「さあな。戦艦と一口に言っても色々いる。日向なら敵のことを考えるかもしれないし、長門なら作戦について考えるかもしれん」

「なるほど。では武蔵さんなら?」

「私は……雷撃機をどれだけ引きつけられて、今なら魚雷に何本まで耐えられるかと考えていた」

「……清霜はたぶん一本だけです」

「ああ、こんな考えはよくないのだろうな」

武蔵は腕組みを解くと、清霜を見下ろし、それから片膝を崩して目線の高さを合わせ直す。

「清霜は戦艦になりたいんだったな」

「はい! いつか武蔵さんみたいな大戦艦になります!」

武蔵は清霜の灰色と紺色の髪を撫でる。清霜は嬉しそうにされるがままだった。

「えらいぞ。清霜ならいつか立派な戦艦になれる。だが、なるなら私のようではなく武蔵以上の大戦艦になれ!」

「はい!」

80: ◆xedeaV4uNo 2016/06/26(日) 01:14:15.64 ID:eALce8hH0

鳥海は自らの艤装を何度も見ては思案する。そんな鳥海に愛宕が話しかける。

「どこか具合でも悪いの?」

「いえ。私も摩耶みたいに対空機銃をもっと積んでみればと……でも、うーん」

「あらあら、鳥海ったら欲張りさんね」

「そう、ですよね。でも私も摩耶ぐらい対空戦闘が得意なほうが喜ばれるのかもって」

「うーん、お姉ちゃんはそう思わないけど。二人の長所が違うのは一緒に力を合わせなさいってことじゃない?」

言われて、鳥海は驚いたように愛宕を見る。

「大丈夫よ。あなたも摩耶も自慢の妹なんだから。ね?」

「ありがとうございます、愛宕姉さん。でも、なんだか物騒ですよ……その、お別れみたいで」

「もう、考えすぎよ! じゃあ、ぎゅっとしてあげるね。はい、ぱんぱかぱーん!」

「それはちょっと恥ずかしいです……って姉さん、アンテナ刺さっちゃいますよ!?」

81: ◆xedeaV4uNo 2016/06/26(日) 01:15:17.77 ID:eALce8hH0

高雄は遠巻きに鳥海と愛宕の様子を見て、額に手を当てて項垂れる。

「あの二人は何をしてるんだか……」

「いいじゃないですか。仲睦まじくて」

「そうよ。余裕があるのはいいことだわ」

妙高と足柄が高雄に応じるも、高雄は釈然としていないようだった。

「そうは言うけど、緊張感に欠けてるわ」

「あら、じゃあ緊張感のある話でもします?」

「妙高姉さんがそう言うと、ガチの話になりそうなんだけど……」

不意に高雄は妙高の指をじっと見つめる。

視線の意味に気づいて、妙高は苦笑した。

「本当に緊張感のある話になりそうですね」

「妙高はもらったのね……足柄は断ったの?」

「ええ、私はオコトワリ。うちは私だけよ」

妙高は高雄と足柄へ控えめに笑った。

「肩身が狭いですね」

高雄には、それがどちら側を指してるのか判断がつかなかった。

82: ◆xedeaV4uNo 2016/06/26(日) 01:17:22.64 ID:eALce8hH0

「高雄さんはどうしてもらわなかったの? あんまり断るイメージなかったから」

「足柄。人に大事なことを聞くのなら、まずは自分も相応の話をするのが筋というものです」

「う……それもそうなのかも。私は」

すぐに高雄が制止する。

「ちょっと待って。聞いたら話さないといけなくなるじゃない」

「そうなりますね……でも気になってるんじゃない?」

「もちろん」

高雄の様子に足柄は思わず吹き出した。

「ロハでいいわよ。私の場合、ケッコンって単に強さとか身を守るためだけに交わすんじゃないと思っただけ。なんていうの……想いが必要っていうの?」

「分かる……ような」

「提督に都合があるなら、私にだって都合はあるのよ。そんなに小難しい話があるんじゃなくって……そう! 愛のないケッコン生活なんて願い下げだわ!」

宣言すると足柄はかえって自信を深めたようで、満足げに何度も頷いていた。

高雄はそんな足柄の様子に目を伏せ、目を開けても二人とは目を逸らしたまま言う。

「私は……あの子の前で指輪している自分がどうしても想像できなかったのよ」

その声を聞いては妙高も足柄も何も言えなかった。

83: ◆xedeaV4uNo 2016/06/26(日) 01:20:52.92 ID:eALce8hH0

高雄は小さな声で妙高に訊く。

「あなたはどうしてなの、妙高」

「そうですね。思うところはあるけど肯定したほうがいいと思ったんですよ」

妙高は言葉を考え、選ぶ。

「このカッコカリは理由がどうあれ、提督の弱さが表われた形だと思うんです。人間的な弱さ、でしょうか。提督という立場で見るなら足を引っ張るような部分が」

足柄もこの話を聞くのは初めてだったので、真剣に妙高を見つめる。

「カッコカリを黙っていてもよかったはずなんです。ただ指輪を渡して、これで少し強くなれますと言えば十分でしょうから」

妙高は自分の指を確かめ、あくまで穏やかな調子で話す。。

「それをしなかった……できなかったのは提督の弱さだと思います。これがどういうものか知っていて、それを隠し通すのが辛いから秘密を暴露したんです。そうすれば、この話に乗った艦娘も秘密を共有して同意の上でと、一種の契約になりますからね」

三人は北の空を見上げる。敵影はまだ見えていないが、そろそろ近そうだと感じて申し合わせずとも離れていく。

妙高は二人にだけ聞こえるように通信を入れる。

「私はそういう部分も含めて肯定してあげないと、と思ったんです。カッコカリが提督の免罪符だとしても、提督が最良の提督じゃないにしても、私にはこれで十分だと思えたんです」

それが私の理由です。そう言ってのける妙高は笑っているのだと、顔を見ずとも高雄と足柄にも伝わった。

84: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/26(日) 02:55:38.51 ID:42trmOnEO
スレタイが鳥海は空と海と股間にって見えてふたなりものかと思ってしまった
85: ◆xedeaV4uNo 2016/06/27(月) 11:10:02.70 ID:UImdCp/D0

─────────

───────

─────

戦闘機隊の迎撃をかいくぐってきた深海側の艦載機の数はおよそ百あまり。

戦艦たちが敵集団に三式弾を撃ち込み、大輪の花のような弾幕をいくつも生み出す。

何機かが花弁に触れて爆散したり黒煙を引きながら落ちていくが、焼け石に水といった状態だった。

すぐに艦載機は二つの高度に分かれながら散開し、円を描くように艦隊の周囲を巡る。

重巡たちも三式弾での砲撃を始める中、出雲の電探は新たに南から接近してくる機影を探知していた。

その数はおよそ二百。当然だが敵味方識別装置の示す光点も味方機としては表示されていない。

『南方向より敵艦載機らしき反応あり。約二百。総員警戒されたし』

通信員の妖精が全艦隊に通達する。

奇襲こそ防げるが、戦闘機隊は前方海域の空戦から抜け出せる気配はなく、依然として危険な状態であるのに変わりない。

その通信を見計らったかのように、円を描いていた艦載機たちが戦闘行動に移る。

敵機が最も集中したのは出雲を中心とする輪形陣だった。

雷撃機は艦娘を、爆撃機はどちらも狙う形で次々と飛来してくる。

対する艦娘も高角砲や対空機銃を盛んに撃ち上げ、接近してくる敵機を撃墜していく。

特に出雲の前方に位置する摩耶と秋月型の砲火は熾烈で、攻撃機も寄り付こうとしなくなっていた。

その動きを察知して、摩耶が秋月たちに指示を出す。

86: ◆xedeaV4uNo 2016/06/27(月) 11:10:52.85 ID:UImdCp/D0

「秋月、照月! お前たちは出雲の左右に回れ! 雷撃機に、それから衝突にも気をつけろ!」

「衝突!?」

悲鳴じみた声の秋月に、摩耶は怒鳴り返す。

「出雲とだ! ムチャクチャな操艦で動きが読めないんだよ!」

その操艦で何度も爆撃を避けてるのも事実だったが、護衛に就く艦娘からすれば位置取りにも苦慮する状態だった。

ぶつけられても大した損傷は受けないが隙が生じてしまうし、何よりも出雲の艦体が無事ではすまない。この場合、質量差は問題にならなかった。

「とにかく左右を頼む。後方は武蔵もいるはずだから、あっちはなんとかしてくれる!」

秋月型の二人は強張った顔で頷くと言われたようにする。

この頃になると艦隊から被害も少しずつ出始めてきた。

『武蔵さんが被雷! あ、でも対空砲火は健在です!』

『この武蔵が魚雷の一本や二本でどうなるものかよ!』

『すっごーい! さすが武蔵さん! 清霜も負けてらんないね!』

あっちは平気、と聞き流す摩耶にさらに別の声も聞こえてくる。

『顔はダメだってば!』

『那珂ぁ!』

川内の声に摩耶は一瞬、通信を切ってしまいそうになった。

ただそれは耳を塞ぎながら戦うのと同じになってしまう。

「クソが!」

摩耶は苛立ちもぶつけるように砲口を天に向ける。

87: ◆xedeaV4uNo 2016/06/27(月) 11:11:41.46 ID:UImdCp/D0

秋月型が抜けて火線が薄くなったと見て、艦載機が新たに集まり始めていた。

摩耶は撃った。ひたすらに撃った。

終わってみれば摩耶は多数の艦載機を撃墜していたが、本人にそれを確認する余力がなかった。

散り散りに後退していくたこ焼きの数は襲来時の半分にまで減っている。

艦娘たちが一息つく間もなく、第二波が間近に迫ってきていた。

『敵増援を目視した。みんな注意して!』

『動きが速いなぁ……こっちが本命みたい!』

丹後を護衛している時雨と白露が通信を入れてくる。

摩耶は給弾に異常がないのを確認し、艤装の対空機銃が加熱しすぎていると感じた。

すぐさま摩耶は左側の艤装を海中に突き入れてから上へと思いっきり振り上げる。

巻き上げた海水がバケツをひっくり返したように摩耶に落ちてくる。

摩耶は濡れ鼠になるが、灼けた銃身も音を立てて冷やされていく。

「髪がゴワゴワになるから嫌なんだ……クソが!」

何度目になるか分からない悪態をつきながらも、その目には闘志がたぎっている。

88: ◆xedeaV4uNo 2016/06/27(月) 11:12:11.97 ID:UImdCp/D0

─────────

───────

─────

結果から顧みると、深海棲艦による第二波は水上打撃艦隊に大きな被害をもたらした。第一波の成果がほぼ空振りという結果の埋め合わせをするように。

それまでとは違う新型の艦載機が投入され、また多くが艦娘たちに直接襲いかかってきた。

初めに武蔵が被雷した。累計で三本目の魚雷に、さしもの武蔵も速度が落ちて対空砲火にも隙間ができた。

その穴埋めをしようとした清霜が次に急降下爆撃を受ける。清霜は武蔵の死角をカバーしようとするあまり、機動が単調になりすぎていた。

一発が至近弾、一発が命中弾となり左側の艦上構造物を吹き飛ばされ、スクリューがねじ曲がって速度が出せなくなる。

すぐに提督の命令で照月が両者のカバーに入り清霜はそれ以上の追撃を免れたが、武蔵には攻撃が続いて魚雷一発と三発の急降下爆撃をさらに受けた。

主砲の発射に影響はでなかったものの、艤装は中破した。

他でも被害が続く。

愛宕が立て続けに急降下爆撃の直撃を受け、艤装を大破させていた。愛宕本人は奇跡的にかすり傷程度で済んだが、今作戦での継戦は不可能となった。

妙高もまた敵の集中攻撃に晒され、魚雷一本と数発の至近弾を受けている。

深海棲艦の艦載機は迎撃機がいないと分かると機銃で追撃をかけてくるなど執拗な攻撃性を見せた。

第二波の攻撃は巡洋艦以下の艦娘を中心に被害が広がり、無傷で済んだのは片手で数えられるほどしかいなかった。

それでも艦娘側は奮戦したと言える。摩耶や秋月型、白露型を中心に多数の艦載機を撃墜し、武蔵以外の戦艦は健在だった。

何よりも喪失艦を出さなかった上に、出雲型輸送艦には一本の魚雷も一発の爆弾も落ちなかったのだから。

――最後の最後に出雲へ落ちた一発の爆弾を除けば。

89: ◆xedeaV4uNo 2016/06/27(月) 11:13:04.14 ID:UImdCp/D0

─────────

───────

─────

提督は爆弾が出雲に向かって落ちるのを見た。

それまで敵弾を回避し続けてきた艦長の操艦も艦娘たちが展開する弾幕も無視して、初めからそうと決まっていたように黒い塊が左の後部甲板に落ちる。

出雲の艦隊が上から抑えつけられたように揺れた。

提督は無意識に手すりを握りしめていた。目は閉じない。走馬燈も見えなかった。

沈黙。

五秒が経ち、十秒が経った。爆発は起きない。

提督と艦長は申し合わせる間もなく、艦橋のガラスまで駆ける。艦橋からでも被弾箇所は見えた。

甲板には焼けたような穴が空いて、黒い塊が中心にある。

「不発弾……?」

提督は呟く。しかし自信はなかった。

自分たちが仕掛けたような遅延信管かもしれないし、ただの爆弾ではなく中から大量のイ級が這い出してきて乗員を襲い出すのではと思ってしまったからだ。

その時、艤装を背負った明石が駆け寄っていくのが上からも見えた。

90: ◆xedeaV4uNo 2016/06/27(月) 11:14:22.92 ID:UImdCp/D0

工作艦の明石などは戦闘力には期待できないので艦内待機をしていた。

「危ないぞ、明石!」

「爆発したら、どこにいても同じでしょう!」

その通りだった。

明石は爆弾の様子を手早く確認すると、艤装のアームで固定し、クレーンで掴み上げる。

「艦長、速度を落としてくれ」

「は……了解です!」

出雲型はよく揺れる。それはこの状態では命取りになると提督は思った。

「このまま投げ捨てます。近くに誰も寄らないように言ってください!」

それは提督が言うまでもなかった。

明石は慎重に、しかしできるだけ早く舷側に寄って爆弾を投げ捨てた。

海中に投棄された爆弾はそのまま海の底へと沈んでいった。

提督は様子を見に戻ってきた艦長と顔を見合わせる。

「……くくく」

何がおかしかったのか分からないが提督は急に笑い出す。

艦長も同じような気分になったのか、釣られたように笑い出した。

それは密やかな笑いから、腹を抱えるような大笑いになるまで時間はかからなかった。

91: ◆xedeaV4uNo 2016/06/27(月) 11:17:16.71 ID:UImdCp/D0
ここまで
やっと夜戦なのだわってことで、今週中にこの章は終われると思いたい
93: ◆xedeaV4uNo 2016/07/03(日) 18:21:29.99 ID:R6k/E6dF0
乙ありなのです。そして終わらなかったのです
94: ◆xedeaV4uNo 2016/07/03(日) 18:22:07.60 ID:R6k/E6dF0

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

二三二○。

厚い黒雲に覆われ、月明かりの乏しい夜だった。湿った風が海の上を吹いていき、艤装の駆動音も風と波に呑まれていく。

藍より暗い闇の中を艦娘たちが黙々と進んでいく。鳥海率いる艦隊で、その数は三十四。

負傷者を収容している出雲型は後方海域で護衛と共に待機しているので、艦娘だけによる作戦行動だった。

鳥海と摩耶、高雄と足柄の重巡四人、それに川内型軽巡と六人の駆逐艦が前衛を務めている。

その後ろを武蔵を除いた戦艦部隊が続き、殿には那智と羽黒、球磨型と白露型と夕雲型の一部がついていた。

電探の技術が発達していても、夜陰に紛れての攻撃は今なお有効性を残している。特に航空機による攻撃を心配しないでいい点は大きい。

機動部隊の第三次攻撃時に復旧し始めていた春島は集中して叩かれ、港湾棲姫は夏島で姿を確認されているので、最初の攻撃目標は夏島に決まった。

以降、秋島と冬島にも砲撃を行って必要に応じて三島に再攻撃、あるいは西にある七曜島に艦砲射撃を加えることになった。

敵艦隊と遭遇した場合はこれも撃滅し、交戦の結果によって弾薬の消費量が多ければ帰投し補給を受ける手はずになっている。

あと十分ほどで戦艦たちが夏島を有効射程圏内に捉えようという時、砂を噛むような空電の音が艦娘たちのイヤホンに入ってくる。

空電の音は唐突に止まった。

『来ルナ』

その声に何人かが背筋を伸ばすように体を震わせる。

「ここまでやってきたのに冗談でしょう。ねえ?」

足柄が言い返す。この場にいる艦娘の総意でもあった。

95: ◆xedeaV4uNo 2016/07/03(日) 18:23:01.90 ID:R6k/E6dF0

『来ルナト……言ッテルノニ!』

最後通牒と取れる言葉から、きっかり十秒後。夏島から発砲の光が五つ生じる。

砲撃は鳥海たち前衛の頭上を飛び越えて、後方の戦艦部隊に着弾する。

付近は深海棲艦の庭になっていたこともあって砲撃の精度は高かった。直撃弾こそ出なかったが複数の艦娘に至近弾が出る。

「総員、戦闘用意!」

鳥海が無線封鎖を解くと、艦隊も一斉に目覚めたように応答する。

「二時と十一時方向の沿岸部に艦影発見! タ級ないしル級、少なくとも三! 他にも多数!」

「よく見つけてくれました、綾波さん!」

川内がすぐさま興奮した声で鳥海に聞く。

「夜戦? 夜戦だよね!」

「はい、夜戦です!」

「よーし! 那珂の敵も討つ!」

「敵って姉さん、那珂ちゃんは健在ですよ」

「そうだよ! 那珂ちゃんはピンピンしてるんだから!」

呆れる神通に、反論する那珂。しかし那珂の顔は包帯――川内のマフラーで覆われている。

96: ◆xedeaV4uNo 2016/07/03(日) 18:28:46.83 ID:R6k/E6dF0

「まるでミイラだね」

「覆面じゃない?」

島風と天津風が好奇の視線をそそいでいた。

川内は当然とばかりに答える。

「アイドルは顔が命なら、このぐらいはしておかないとさ。空襲の時には火傷もしたんだし」

「だからってやりすぎだと那珂ちゃんは思うな。ケガする前にケガしてるみたいで」

「ひとまず那珂ちゃんさんのことは置いてください」

話をさえぎり、確認の意味も込めて鳥海は伝える。

鳥海の艤装にいる見張り員も敵の居場所を捉え、おおよその距離を割り出していた。

「予定通り、島と港湾棲姫への攻撃は戦艦のみなさんにお任せします。その間、私たちは比較的近い十一時の敵艦隊から叩きます」

二時方面の敵には那智たちを当て、了解の声を聞いてから鳥海は続ける。

「混戦が予想されるのと陸上からの砲撃もあるので、探照灯の使用は控えてください。各隊、僚艦の位置を意識して常に互いがいるのを忘れずに!」

鳥海は一呼吸はさみ、そして声を張る。

97: ◆xedeaV4uNo 2016/07/03(日) 18:31:22.70 ID:R6k/E6dF0

「それではみなさん――」

「夜戦の時間だあああぁぁっ!」

「ちょっと姉さん!」

「いいんです。私も夜戦は好きですから。みなさん、存分に暴れてください!」

鳥海はすっかり乗り気になっていた。

神通はため息をつくような反応を見せるが、表情はどこか嬉々としている。

「……同類でしたか」

「夜戦が嫌いな艦娘なんていませんよ。摩耶、島風、天津風さん。行きましょう!」

「ああ、ずるい! 夕立、時雨! あたしに続け!」

「ナイトパーティーも素敵にしましょ!」

「那珂ちゃんの包帯が羨ましいね……あれなら雨が降っても汚れない」

「なんか物騒だよ、時雨ちゃん!? あとマフラーだからね?」

「遅れてますよ、那珂ちゃん!」

「私が妙高姉さんの分も働かないと……飢えた狼の実力、目に物見せてやるわ!」

「気負いすぎないでね、足柄。綾波と敷波は側面に!」

「綾波、あんたは言われた通り前に出すぎないでよ? 後ろを守るのも大変なんだからさ」

「分かってるよ、敷波。さあ行こう! まずは照明弾から!」

「ほんとに分かってるのかよ……」

戦意の高い前衛は当たるを幸いに深海棲艦に強襲をかけていく。

98: ◆xedeaV4uNo 2016/07/03(日) 18:32:54.82 ID:R6k/E6dF0

深海棲艦も数で押し立てて反撃を試みるが、勢いを止めるどころか逆に頭数を減らされていった。

鳥海は先行しながら通常の砲戦よりもさらに距離を詰めて、砲撃を加えていく。

タ級二隻をすでに沈め、今また魚雷を撃たれる前にチ級雷巡を藻屑の一つに変えている。

鳥海には敵の攻撃も集中していて、大口径砲の直撃こそ避けているがロ級やハ級といった駆逐艦の砲撃が何度か艤装を傷つけていた。

撃ち返す形で鳥海や護衛の島風たちの砲撃が、深海側の駆逐艦たちを逆に沈めていく。

鳥海はさらに別のタ級戦艦を見つける。赤いサメのような目をしたタ級は砲塔を巡らすが、すでに鳥海は射線上から外れていた。

戦艦と言っても全身が堅牢ではない。艤装で守られているが、ル級にしてもタ級にしても生身部分の下腹部より下は比較的脆い。

鳥海は砲撃を受ける前に十門の火砲をそちらに集中させる。

直撃弾を受けてタ級が姿勢を崩すと一気に肉薄し、互いの砲撃が交錯する形で撃ち合った。

かすめた砲弾が鳥海の髪を巻き上げる中、さらに直撃弾を受けたタ級は支えを失ったように海中に沈んでいく。

一息つく間もなく横から飛びかかってきたロ級を横転するように避けるなり、高角砲で海面を叩くように撃ち返して沈める。

鳥海は周囲を警戒しながら僚艦の様子を、そして戦場全体の戦況を確認しようとする。

摩耶と島風は複数の軽巡を沈め、天津風が援護に回りながらも行き足が遅れ気味になっているのを見てペースを落とすのも考える。

前衛の戦況は艦娘が押しているが、戦艦部隊が苦戦しているのは通信から分かった。

長門とビスマルクは損傷により戦列から離れ、日向とリットリオは主砲の一部が使用不能にまで追い込まれている。

『砲台は残り二つ。怯まないで!』

陸奥の号令の下、戦艦部隊は砲戦を継続している。

99: ◆xedeaV4uNo 2016/07/03(日) 18:33:52.24 ID:R6k/E6dF0

鳥海に合流した摩耶が訊く。

「どうする、あたしらも島に?」

「そうね……でも、私たちの主砲じゃ力不足かも」

その時、天津風が何かに気づく。

「待って、連装砲君が何か見つけたみたい。二時の方向、島に……あれって姫じゃない?」

戦艦部隊と砲台の砲戦は未だに続いていたが、天津風が見つけたのは間違いなく港湾棲姫だった。

姫はいくつもの砲塔を鈴なりにした艤装に似た装備を背負ったまま、物々しさに反して軽やかに着水する。

海に入った姫の周囲に呼応するように、金色に目を輝かせたル級とリ級も次々と姿を現す。

「逃げようって腹か!」

「そうはさせません! みなさん、姫を発見しました! 位置は――」

言い終える前にリ級の一隻が鳥海に探照灯の光を浴びせる。突然の強烈なハイビームに鳥海は顔を手で隠すが、間に合わずに視力を奪われた。

鳥海たちは一箇所に留まり続ける愚は犯さなかった。

すぐさま摩耶が前に出てリ級に砲撃を浴びせるが、リ級は照らすのをやめない。

そして鳥海だけにでなく、至る所で深海棲艦たちは探照灯を艦娘たちに向け始めた。

光の照射先は無作為だったが、照らされた艦娘たちには砲撃が集まってくる。

100: ◆xedeaV4uNo 2016/07/03(日) 18:41:02.48 ID:R6k/E6dF0

直感で縦横に動く鳥海を狙って、ル級とリ級の砲撃が追うように夜の海に黒い水柱を噴出させていく。

直撃こそ避けているが、破片や至近弾が艤装を叩きへこませ、アンテナを折り曲げ、ジャケットやスカートを痛めつける。

「っ……せっかく夜目に慣れてたのに!」

敵に集中的に狙われてる現状よりも、視力を一時的に奪われたのが鳥海の戦意をかき立てる。

港湾棲姫はわずかな護衛を伴って包囲を突破しようと移動を始めている。

摩耶の放った一弾が探照灯を放っていたリ級に直撃し沈黙させた。

すぐに別のル級が今度は島風を探照灯で浮かび上がらせる。

「おぅっ! やめてってば!」

島風はすぐに光の照射範囲から逃れるが、ル級はなおも追ってくる。

深海棲艦の狙いは明白だった。港湾棲姫を逃がすために進んで囮になって時間稼ぎをしようとしていた。

「鳥海、姫を追え!」

島風を狙うル級に砲撃しながら、摩耶が叫ぶ。

「けど!」

「けど、なんだ! こっちは三人でどうにかできる。だったら一番腕の立つやつが追ったほうがいいだろ!」

「そうよ。それにあたしにも活躍させてよ。あなたたちと戦えるって証明させて」

天津風が摩耶を援護する。

鳥海はそれでも躊躇ったが、迷いをすぐに捨てた。迷ってる時間が一番危険で無駄で、それなら動いたほうがいいと割り切って。

「ここはお願いします!」

「おう! とっとと片付けて合流するからさ」

鳥海は反転し港湾棲姫を追い始める。距離を取られたとはいえ、姫たちの速度は二十五ノット程度で十分に追いつける位置だ。

一方の摩耶たちは砲戦を行いながら、進路上に味方艦がいないのもあって雷撃に移ろうとしていた。

速度の優位性を生かして、斜め後方に回り込んで射線上へと突入を始める。

101: ◆xedeaV4uNo 2016/07/03(日) 18:41:39.84 ID:R6k/E6dF0

「……ねえ、天津風。さっきのどういうこと。証明したいって」

「今する話?」

三人はすでに雷撃体勢に入っている。ル級だけでなく、姫と一緒に現れた他の深海棲艦も射線上に収まっていた。

ル級たちは探照灯だけでなく反撃の応射も始めるが、砲撃は海面を叩くばかりだった。

あとは距離を縮めて発射すれば当たるのを祈るばかりだ。

少しの沈黙ののちに天津風は答える。

「島風と連携が取れるからって原隊から外されて組まされたのはいいけど、三人ともやたら練度高いし……」

「お前、そんなこと気にしてたのかよ」

摩耶の声が無神経に聞こえて、天津風は視線は敵から逸らさないが口は尖らせる。

「そんなことって何よ! あたしには十分な悩みよ。自分だけついてくのがやっとなんて」

「なんかごめん……」

「島風のせいじゃないわよ。あたしは泣き言ならべてる自分ともお別れしたいの!」

「ま、頑張りな。そういう気持ち、分からなくもないし」

「上等よ。いい風吹かせてやるんだから!」

そうして放たれた魚雷はル級や後方にいたリ級を足元から食い破った。

「やった! 見た、二人とも? あたしだってできるんだから!」

「うんうん!」

「よーし、油断せず行くぞ。こっちも姫を追わなきゃならないからな!」

実際には誰の魚雷が命中したのかまでは特定できないが、雷撃の成果は天津風に自信をもたらした。

102: ◆xedeaV4uNo 2016/07/03(日) 18:46:50.33 ID:R6k/E6dF0

─────────

───────

─────

鳥海は港湾棲姫を右後方から追いつつ、各艦に現在地と姫を追ってるのを伝えた。

他の艦娘たちも姫を止めようと動くが、深海棲艦も持久するように動きが変わってくる。

港湾棲姫の護衛は一隻ずつ隊列から離れて、進路上の艦娘たちを砲戦に引き込んでいた。

ほとんどの艦娘たちが足止めを食らい満足に動けない中、鳥海は港湾棲姫を追う。

護衛が迫ってこないので次第に距離が縮まり始める。

砲戦距離には入っていたが砲撃は始めない。迎撃がないなら近づけるだけ近づいて――できれば雷撃の必殺距離まで到達しようと鳥海は考えていた。

その時、港湾棲姫が鳥海を振り返る。姫の背負う右側の砲塔が鳥海へ指向していた。

狙われている。という思いに鳥海の背筋に悪寒が走った。鳥海が斉射を、港湾棲姫が右側にある砲塔を撃ち放つ。

より弾速の速い港湾棲姫の砲撃が先に到達する。

正面、そして上から殴りつけるような振動が鳥海を襲う。

「うぁっ! やっぱり姫は手強いわね……」

鳥海本人は幸運にも悲鳴ですんだが、艤装は運に恵まれていなかった。

左舷側の二基の主砲は基部から吹き飛ばされ、高角砲群も全滅。

火災も発生し延焼を防ぎ鎮火するために、海水を使った自動消火装置も作動し始める。

火力の四割を失ったが、鳥海の体は無事だったし機関部にも損傷はなかった。

逆に港湾棲姫も砲撃を回避しようとするが次々と被弾していく。しかし当たった弾のほとんどは厚い装甲に阻まれ弾き返されてしまう。

装甲の薄い舷側に当たった一発だけは艤装に穴を開けたが、港湾棲姫の撤退を阻めるような損傷でもない。

103: ◆xedeaV4uNo 2016/07/03(日) 18:49:05.69 ID:R6k/E6dF0

『鳥海、こちらも姫を追撃するわ。状況を教えて!』

高雄の声が鳥海に届くと、すぐに位置関係を伝える。

鳥海は砲撃を続けながら弧を描くように転進して港湾棲姫の真後ろにつける。死角に回れば砲撃の手が弱まると考えて。

『損傷を受けましたが、まだ戦えます。それと強敵なので気をつけてください!』

『強敵なのは分かりきってることじゃない』

たしなめる声音に、鳥海は頭を冷やそうと胸中で思いながら進路を変える。高雄たちを含めた位置関係を考えて、港湾棲姫の真後ろから側面へと。

港湾棲姫は撃ち返してこないが、砲撃を避けるように向きを変える。

『今から姫をそちらに誘導できないかやってみます!』

砲雷撃で港湾棲姫の進路を誘導する。

港湾棲姫も砲撃を避けるように動くので誘導は不可能ではなかった。

しかし鳥海の胸中には疑念もある。

「どうして逃げるの?」

敵わなければ撤退する。それが当然でも、その方法が鳥海には引っかかっていた。

同じ撤退でも進路上の相手を排除しながら撤退すればいいはずだし、自分のような追っ手は邪魔なはずなのに、と。

回避行動にしてもそうだった。鳥海の砲撃がほとんど有効打になっていないのに避けようとしている。無視して突っ切れば、もっと早く移動できる。

弾か燃料が少ないのか、それとも経験が足りなくて判断を間違えているのか。鳥海は理由を推測するが確証に繋がる材料もなかった。

いずれにしても撃つと決めた以上、鳥海は無事な右舷側の主砲を撃ってから魚雷を放射する。

砲撃を避けようとするなら雷撃も避けようとするはずだが、包囲しようという動きに気づいていれば動きも変わるかもしれない。

港湾棲姫は雷撃から逸れる角度を取ると、そのまま直進する。正面から迫る高雄たちを突破する形だった。

104: ◆xedeaV4uNo 2016/07/03(日) 18:51:21.02 ID:R6k/E6dF0

高雄以下の砲撃を受けながら港湾棲姫も反撃する。最も火力があるのを足柄と見て取って、彼女に狙いを定める。

瀑布のような水柱に足柄の体が包まれるが、すぐにそれを突き破ってくる。

「まるで扶桑型じゃない! けどね!」

十門の主砲をかざす足柄は皮肉ではなく狼のようだった。

「このぐらいで足柄が怯むとでも!」

主砲を斉射。と同時にほぼ直線上に十六本の魚雷を二度に分けて放つ。足柄はさらに主砲を撃ち続ける。

徹甲弾に続けて撃たれ、痛みに身をよじりながら身を守るように港湾棲姫は両腕で頭と体を隠す。

高雄たちの砲火も殺到し、岩を切り出すように砲弾が港湾棲姫の身と艤装を削っていく。

そこに足柄の魚雷が到達し連鎖的に水柱を上げる。港湾棲姫が苦痛に叫ぶ。二射目の魚雷よる水柱がその声もかき消す。

足柄は勝利を確認していた。少なく見積もっても魚雷が四本は命中したと見たからだ。

沈んでいなくても大破間違いなしと見なして。

しかしそれは間違いだった。

「カン……ムス!」

港湾棲姫が足柄に向かって突進してくる。その速度はまったく衰えていない。

姫は目を赤く光らせ、かぎ爪のような両手にも赤い光をまとわせている。

間違いなく傷ついていた。白い体の至る所には黒い体液がにじみ、額の角は根本から折れている。

艤装らしき装備もねじ曲がったように見える主砲があるし、黒く汚れた穴もいくつか空いていた。

それでもなお港湾棲姫は健在だった。

105: ◆xedeaV4uNo 2016/07/03(日) 19:01:45.05 ID:R6k/E6dF0

「こんの!」

不意を突かれた形の足柄だったが主砲を浴びせる。

姫の体にまともに徹甲弾が命中するが止まらない。

港湾棲姫は激突するように迫ってくる。

「離れて、足柄さん!」

追いすがってきた鳥海が間に割って入る。

鳥海はとっさに左腕を盾代わりにしていたが、港湾棲姫の振り回した腕が鳥海の体を軽々とはね飛ばす。

「ああっ!」

「うにゃあー!?」

足柄が弾き飛ばされた鳥海にぶつかりながら、その艤装を掴んで倒れないように受け止める。

港湾棲姫は二人には目もくれずに再度の離脱を図る。

俯いた鳥海は詰まったような息を吐き出すと顔を上げ、港湾棲姫を睨む。

「ほうげき……砲撃です!」

鳥海が頭のアンテナに装備している探照灯で港湾棲姫を照らし出す。

闇の中で夜明けのような光が港湾棲姫の後ろ姿を露わにする。

禁止したはずの探照灯を使うのも、ここで打倒する必要があると感じたからだ。

素早く足柄が鳥海から離れ主砲を構える。鳥海もまた震えが残る右腕で艤装を操作する。

十六門の主砲が港湾棲姫の背中めがけて放たれ、後ろから撃たれた姫はそのまま海面に倒れ込むと海中に沈んでいった。

「やっ……てない! 潜られた!」

足柄が叫ぶ。そこに高雄たちも集まってくる。

「ねえ、ソナーで追えないの!」

「こんなに海が騒がしいのに、サンプリングもできてない音を拾えとか……やってはみるけどさ」

敷波が無愛想に答える。望みが薄いのは明らかだった。

「……ありがとう、助かったわ」

「い、いえ……」

足柄が鳥海に感謝するが、鳥海は俯いたまま声を抑えている。

「あなた……!」

鳥海の左腕は力なく垂れ下がっていた。左腕の骨は折れていた。

108: ◆xedeaV4uNo 2016/07/09(土) 00:28:57.40 ID:1aQwy/JS0
たまにこのスレは自分しか見てないんじゃないかと本気で思うことがあるけど、そうじゃないみたいで本当にありがたい

途中まで投下するので、続きは昼に投下して一章は終わりとなります

109: ◆xedeaV4uNo 2016/07/09(土) 00:29:44.99 ID:1aQwy/JS0

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

夜戦の結果を受けて三隻の出雲型は空が白み始める前に移動を始め、午前の間に深海棲艦の姿が確認されていない夏島への上陸が行われた。

上陸した工兵たちは荷揚げ用の場所を確保し、仮組みではあるが指揮所も設置し始める。

提督も出雲から降りて、陸軍側の士官たちと打ち合わせながら監督をする。

タオルで汗を拭う提督に黒い影が差しかかり、エンジン音が唸りを残して通り過ぎていく。

釣られて見上げると二式大艇が哨戒のために飛び立っていくところだった。

ようやく働きどころが来たと張り切っていた秋津洲の顔を思い出しながら、提督は汗をもう一度拭う。

トラック諸島は常夏の島々で、赤道直下に近いので紫外線も強烈だった。

あまりの暑さに提督は軍衣のボタンを全て外して開いている。見栄えを気にしていられない。

テントを張り巡らして負傷した艦娘のための安息所も用意し、今は突貫工事ではあるが飛行場を建設し始めていた。

出雲たちが運んでいたのは戦闘機隊だけだが、妖精たちの陸上航空隊を運用することで守りを固められる。

他にも地質調査が始まり、対空対水上電探の設置も始まった。

昼過ぎになると輸送艦隊の鳳翔から発した彩雲が書簡を投下していった。

前日未明にグアム島を出発した輸送艦隊は無線封鎖を維持し、提督もおおよその位置しか把握していない。

110: ◆xedeaV4uNo 2016/07/09(土) 00:30:31.28 ID:1aQwy/JS0

書簡は鳳翔直筆で輸送艦隊の現在地や予想航路、トラック諸島への到着予定、そして提督や艦娘の安否を気遣う言葉が書かれていた。

後でこの手紙を艦娘たちにも読ませようかと頬を緩ませる提督だったが、胸中には気がかりもある。

まず輸送艦隊の到着予定が真夜中だった点。根拠はなかったが厄介だと提督は感じた。

とはいえ輸送艦隊は高速修復材やそれを扱う専用の設備、艦娘用の弾薬や重油を満載している。

それらは一刻も早く使えるようにしたいのが本音だったし、夜間ならば艦載機の爆撃を心配する必要もない。

出雲型に探照灯を積んで夜間の作業を支援し、工兵たちにも深夜のためのローテーションを組んでもらえばいい話だ。

しかしもう一つ懸念があった。

機動部隊が朝になって深海棲艦の機動部隊を捕捉し撃滅している。

ただし新型艦載機を含んだ部隊ではなく、まだどこかにそれらを擁した部隊が残っていた。

偵察機を方々に散らせているが成果は出ていない。

逃がした港湾棲姫も含めて行方不明の深海棲艦たちがどう出てくるのか提督には読めなかった。

大勢は決したように思えるが、輸送艦隊を襲撃され大きな被害が生じれば形勢はひっくり返る。

提督は不安を抱えていたが、輸送艦隊に向けて「航海の無事を願う」と無線で応えた。

111: ◆xedeaV4uNo 2016/07/09(土) 00:33:21.76 ID:1aQwy/JS0

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

日の暮れたトラック諸島。

二百四十八ある島々のとある一島の海岸に女がいた。

明かりもなく闇に浮かぶ女はまだ少女と呼んでもいい外見だったが、太陽の下で見れば肌が病的なまでに白いのが分かるだろう。

深海魚と虫の中間のような外観の深海棲艦を帽子のように被り、またその皮膚はマントのように少女の背中にも伸びている。

煌々と輝く満月のような右目と人魂のように蒼く燃えるような左目の少女はヲ級と呼称される深海棲艦の空母で、まだ人類にも艦娘にも認知されていないが後にヲ級改として呼ばれる一人だった。

「ヲッ!」

ヲ級は闇に目を凝らしながら鳴くような声を発する。すぐ後ろには一人の女が横たわっている。

白い女、港湾棲姫だ。体は砲雷撃で傷つき、黒い血が体にこびりついて固まっている。

二人の肌の白さは陶磁のように美しいが、どこかで水死体を思わせる冷たさも有していた。

もっともヲ級は元より港湾棲姫にも息はある。港湾棲姫の豊かな胸が呼吸に合わせて上下していた。

「ヲッ……起キテ、クダサイ」

ヲ級は正面を見つめたまま、目を覚まさない港湾棲姫に呼びかける。

傷ついた姫を守るためにヲ級は一人留まり、護衛についていた。

港湾棲姫はそこで目を覚ますと、状況を察して体を起こす。傷のせいでその動きはゆっくりとしていた。

112: ◆xedeaV4uNo 2016/07/09(土) 00:34:17.62 ID:1aQwy/JS0

二人の前にある海面に波紋が広がっていく。

「手酷クヤラレタワネエ」

波紋の中心から二人の女が姿を現す。どちらも美しい女だが、一目で人間でないのが分かるほど異彩も放っている。

あざ笑うのは長い白髪とその一房をサイドにまとめた白い女。

美しい女であっても、目元や口元に隠しきれない嗜虐性が張り付いている。

黒く染まったセーラー服に甲冑と奇妙な取り合わせで、黒く塗られた艤装に腰かけていた。

艤装はサメさながらに伸びた艦首に巨大な口がむき出しで、単装砲と飛行甲板で身を固めている。

そのすぐ後ろに現れた女は、巨大な口と両腕を持ち両肩に三連装砲を載せた野獣を思わせる艤装を背負うように装着していた。

こちらの女は額に二本の角、胸元には黒い四本の突起が生えていた。

肌こそ白いが膝まで届く黒髪をなびかせ、黒のナイトドレスとチョーカーを身に着けている。

港湾棲姫やヲ級と違い、後から現れた二人は黒の女と呼べる見た目だった。

前者は空母棲姫、後者は戦艦棲姫として遠からず人類から呼ばれるようになる二人だ。

「セッカク助ケニ来テアゲタノニ無様ダコト。多クノ同胞ヲ失ッタドコロカ拠点一ツ守レナイナンテ」

「スマナイ」

「何カラ何マデ甘イノヨ。ダカラ艦娘ゴトキニイイヨウニヤラレル」

空母棲姫のそしりを港湾棲姫は甘んじて受け入れるしかなかった。

港湾棲姫と空母棲姫の間に立つヲ級は、ひたすら静かに空母棲姫を見ている。内に宿った敵愾心を表に出さないように努めながら。

そして空母棲姫の後ろに立つ戦艦棲姫も無言のまま深手を負っている港湾棲姫の姿をみつめている。

そうして物欲しげに吐息を漏らしたのには誰も気づかなかった。

113: ◆xedeaV4uNo 2016/07/09(土) 00:35:23.82 ID:1aQwy/JS0

「ソンナニ艦娘ハ手強イノカシラ。私ガ想像スルヨリ?」

「チカラヲ着実ニ蓄エテイタノハ間違イナイ。ソレニ人間モ過小評価シテイタ」

「人間! 他ニ言イ訳ハナクッテ、≠тжa,,」

空母棲姫は港湾棲姫の名を出すが、その名前は人間には発音できないし正確に聞き取れない言葉だった。

「事実ダ。我々ハ人間ニ対シテ、アマリニ無頓着スギル」

「フーン、マアイイワ。≠тжa,,ハオ供ト一緒ニ帰リナサイ」

「オ前タチハドウスル?」

「人間タチノ輸送船団ガソロソロ到着スルハズ。コノママ素直ニ明ケ渡スノハ面白クナイワネエ」

「私モ……一戦交エテミタイ」

それまで一言も発しなかった戦艦棲姫が意思表示をすると、空母棲姫も愉快そうに口元を手で覆う。

「今夜ハヤメテオキナサイ。負ケ戦ニ付キ合ウ必要ハナイワ」

「私ハ構ワナイノニ」

「イズレ相応シイ時ヲ用意シテアゲルワ。今ハ連レ帰ッテアゲナサイ」

戦艦棲姫は頷くと先導するように移動を始め、港湾棲姫とヲ級が庇いあうように続く。空母棲姫は笑みを浮かべたまま見送った。

三人が波間に姿を消すと、空母棲姫の周囲にいくつもの影が姿を現す。

直属の配下となるル級戦艦やリ級重巡。そして一番多かったのは二本角を生やした悪魔のような頭部を持った小鬼たちだった。

空母棲姫は早口で命じると、集まっていた深海棲艦たちは一斉に行動を始める。

それからしばらく空母棲姫は漂うに身を任せていたが、やがて手を空へと掲げる。

「サア、オ前タチ。役目ヲ果タシナサイ。ソノ身ヲ懸ケテ……フフフ、ソノ身ヲ捨テテ」

艤装の甲板を艦載機が滑り落ちるように飛び出しながら、次々と空へ舞い上がっていく。

渦を巻くように編隊を組む艦載機の集団は、凶事を誘う黒い風のようだった。

114: ◆xedeaV4uNo 2016/07/09(土) 10:41:46.70 ID:1aQwy/JS0
この辺りから人称が変わるのです
グラスホッパーを読んだ影響ってことで大目に見てください(´・ω・`)
115: ◆xedeaV4uNo 2016/07/09(土) 10:42:12.47 ID:1aQwy/JS0

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

日付が変わってしばらくしてから輸送艦隊が到着した。道中、妨害は受けなかった。

今は探照灯の光が照らす中、物資の積み下ろしが段階的に進んでいる。

提督はその作業を出雲の甲板上から眺めていた。といっても人が動いてるのを辛うじて認識できる程度だ。

日中に比べれば暑さは和らいでいるし、海風が吹いているので涼しい夜だった。

「今日は月が出てて、いい夜ね」

提督が後ろを振り返ると足柄がいる。休んでないのか、と真っ先に思う。

腕を組んで足音を響かせながら、五歩分ほどの距離を開けて足柄は隣に並ぶ。

「昨日は月が隠れて大変だったわ。ちょっと先も真っ暗で、ここから集積所ぐらい離れてたら見えなくなってたわね!」

提督は相槌を打つと集積所と足柄を交互に見た。

なんでこんな話をしているのか。というより何を言いたいのか。無理に話そうとしてるように提督には見えていた。

「何か用があって来たんだな?」

「う……まあ、そうなんだけど。提督にお礼を、謝ろうと思って」

「どっちだ?」

「じゃあ……謝ろうかな」

足柄は敬礼のように姿勢を正すと頭を深く下げる。教範で示されるような模範的な動きだった。

そのままの姿勢で足柄は言う。

「指輪のこととか港湾棲姫も逃がしちゃったし、ごめんなさい」

提督は言葉に詰まるが、すぐに頭だけは上げさせた。

116: ◆xedeaV4uNo 2016/07/09(土) 10:46:01.12 ID:1aQwy/JS0

「どっちも足柄が謝るようなことなんてあったか?」

純粋な疑問だった。

指輪は提督が一方的に言い出した話で、受け取りを断った足柄が悪く感じる必要はない。

むしろ作戦前に無用な混乱を招くような真似をした提督こそもっと非難されるのが筋だ。

港湾棲姫にしても交戦していたのは足柄一人ではないし、取り逃がした責任を負うのなら提督になる。

敵情の把握や見通しが甘く、装備の選定も不安定だった点は見逃せない。前夜の夜戦でも艦娘の支援をできていなかった。

結果を出せただけで、問題の発端は己の資質ではないかと考えてしまう。

「やっぱり足柄が謝ることは何もないな」

言い訳に聞こえなければと考えながら言う。

「この作戦は上手く勝てたんだ。それでいいじゃないか」

「うー……確かに勝ったけど、港湾棲姫も倒せてたなら完璧だったのに」

「そこまで望むのは望みすぎじゃないか」

「五分でよしっていうやつ? 勝てる内にどんどん勝ったほうがいいじゃない」

勝利が一番。きっと足柄が言いたいのはそういうことだろう。元から足柄は勝利にこだわっている。

と号作戦の目的はトラック諸島の奪還だ。そのために港湾棲姫の撃破が必須だったが、それは撤退させた段階で成功しているとも。

計画された形でなかっただけで目的という点では達成されていた。

何よりも提督が気に入っている点がある。

「誰も沈まなかったんだ。俺はそこに一番価値を見出してる」

117: ◆xedeaV4uNo 2016/07/09(土) 10:47:01.87 ID:1aQwy/JS0

負傷者はいるが戦没者は誰一人としていない。

当たり前のことだろうか。そう思ってないから気に入っている。

掛け値なしのいい結果。だが提督にも思う部分がある。

「しかし、なんだかな……もう少し色々できると思ってた」

「何、どうしたの?」

「反対も説き伏せて前線にまで出てきたのに大したことができなかった。ただの独り相撲だったかもな」

やれることが十あると思っていたら、実際には五とか六程度の成果しか残せなかった。

失望か落胆か、提督には自分というのが期待はずれという実感が広がっている。

「そんな風に悪く言うもんじゃないわ」

足柄は諭すように、子供に教えるように言う。

「提督がいなかった場合の結果は誰にも分からないのよ。提督がいても、私たちは誰も沈まなくてよかったんでしょ? だったら、いいじゃない!」

慰められてると気づいて、これで貸し借りみたいなのはなしだとも提督は思った。

足柄が横を向き、提督もそちらを見ると鳥海が近づいてきていた。

左腕を三角巾で吊るしているのに目が行くが、それ以外は普段から見る姿だ。

鳥海は提督とも足柄とも少し離れた位置から話しかける。

「もしかして、お邪魔でしたか?」

足柄はおかしそうに笑う。

「お邪魔虫は私のほうでしょ。そんなところにまで気を遣わなくていいのよ」

「はあ……」

鳥海は曖昧に答える。よく見ると右手にはラムネの瓶を二本持っていた。

「なんか色々話してたらすっきりしたわ。二人とも、お休みなさい」

言葉通りに機嫌よさそうに笑いながら足柄は提督と鳥海に手を振ると艦内に戻ってしまう。

その後ろ姿をしばらく見送ってから鳥海は提督のすぐ隣に並ぶ。

118: ◆xedeaV4uNo 2016/07/09(土) 10:47:34.10 ID:1aQwy/JS0

「どうしたんです、足柄さん?」

「カツを入れてもらってた。足柄だけに」

「はあ……?」

「今日はいい夜ってことだ」

鳥海はよく分からないとばかりに首を傾げた。

提督は一人でおかしそうに笑うと鳥海の右手に視線を落とす。

「そのラムネは?」

「長門さんに分けてもらいました」

鳥海は一本を提督に差し出しながら言う。

「一緒に飲みたいと思って……」

声のトーンが下がっていったのは折った左腕を意識したかららしい。

鳥海は上目遣いに提督を見る。

「司令官さん、私の分も開けてもらえませんか……?」

「喜んで」

いっそ口移しで、とは言わない。拒まれないのは分かっていたにしても。

片手でも開けられるのに、とも提督は言わない。

鳥海に甘えてもらえるのは悪い気がしなかったからだ。

提督は栓を開けた自分の瓶を鳥海のと入れ替える。鳥海は照れたように笑っていた。

「左腕は痛まないか?」

「大人しくしてる分には平気ですよ。響かせると痛くなりますけど」

「となると戦闘は控えたほうがいいな」

「……痛くなるだけですよ?」

「闘争心に溢れた秘書艦なことで……」

それでも今夜はもう戦闘はないはずだと提督は高をくくっていた。

日中に深海棲艦は一度も姿を見せず、夜間なら爆撃機が飛来する可能性も低い。

「今夜はゆっくり休めそうだ」

その予想は三秒後に裏切られた。

敵艦隊発見を意味するサイレンが出雲の艦内中に鳴り響いて。

119: ◆xedeaV4uNo 2016/07/09(土) 10:55:26.20 ID:1aQwy/JS0

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

動ける艦娘たちを展開させて、出雲も今や自由に動ける状態になっていた。

発見した敵艦隊は南方から接近していて、秋島に設置した電探に引っかかった。

艦種はル級戦艦とリ級重巡とそれなり以上の大型艦、そして未確認の反応が大多数を占めている。

連日の戦闘を思えば小規模の敵だったが、襲撃のタイミングのよさと未確認の敵の存在は得体が知れなかった。

いずれにしても無視はできない。

こちらと同じように艦砲射撃を考えているのなら、この数でも十分に脅威だ。精度を考えなければ射程も長く取れる。

合流した輸送艦隊からも戦力を抽出して二十四人を先行させ、さらに十二人を備えとして送る。

左腕を骨折している鳥海も当然のように先行組に加わっている。

彼女の場合、艤装も左側の兵装を失ったままだが、それでも五割以上の火力を残していた。

提督は心配こそしたが、出撃を止めなかったし不安も口にしない。

提督にとって鳥海はいつだって信頼に応えてくれる相手だった。

「輸送船の退避状況は?」

出雲の艦長が苦い顔で答える。

島のほうでは灯火管制が敷かれているので、順調に進んでないのは提督も予想していた。

「思わしくないですな。エンジンを切っていた船もあって動きが鈍い」

「そういう船は後回しだ。動ける船から順次、艦娘に誘導させる。焦って船同士で衝突しなきゃいいが」

提督は空母を中心に陸に上がったままの艦娘たちがいるのも思い出し、そちらや工兵たちにも集積所や設営所から避難するよう命じる。

120: ◆xedeaV4uNo 2016/07/09(土) 10:56:35.39 ID:1aQwy/JS0

輸送船の退避が思うように進まない内に、敵艦隊に動きが生じた。

電探のスコープ上では、未知の敵ととされる輝点が一斉に増速し突撃してきた。

しかも、ばらつきはあるが四十ノット以上は確実に出ている。

艦娘の動きにも乱れが生じる。いきなり混戦に持ち込まれてしまっていた。

「鳥海、敵の情報を教えてくれ」

『敵は新種、小さな鬼です!』

敵情を伝える鳥海の通信が入り、提督はそれを全ての通信網と共有させる。

鳥海の輝点は戦線からやや離れて、状況を俯瞰しようとしているようだった。

『速度は約四十五ノット。島風より速いし、小さくて当てづらいです! 小口径砲と魚雷が多数! ル級からの砲撃も確認!』

回避と反撃を行っているのか、ここで通信が一度止まった。

小鬼と呼ばれた新種はいくつか反応を消失させていたが、先行艦隊を突破しつつある。

この速度差では一度でも突破されたら追撃は困難だった。射程外に抜けるまでは時間があるが、今回は大型艦が控えている。

鳥海からの通信が復旧する。

『機銃でも三式弾でも、とにかく弾幕を! 当たりさえすれば、どうとでもなります!』

「了解した。突破された分はこちらで対処するから、そのまま大型艦の迎撃を頼む」

提督は輸送艦の護衛についていた艦娘たちにも戦闘準備をさせ、輸送船の避難も急がせる。

時間の猶予はあるように思えたが、事は上手く運ばなかった。悪いことはすぐに続く。

『敵航空隊発見。約二百機』

秋島の電探が厄介な一報を伝えてくる。すぐに方位と高度も伝わってくる。

発見された機影は敵艦隊の後方より接近し、高度は三千まで上昇していく。電探の探知圏内に突然現れた集団だった。

提督はその動きから機動部隊の仕業だと確信した。実際には空母棲姫単独ではあるが艦載機が相手という点では間違えていない。

移動速度から夏島に到達するまで二十分程度しかない。

121: ◆xedeaV4uNo 2016/07/09(土) 10:57:21.43 ID:1aQwy/JS0

提督は陸に上がっている機動部隊に通信を繋ぐ。

「夜間戦闘ができる戦闘機を全部上げろ! 誘導はこっちでやる!」

『分かりました、稼動全機を発艦させます!』

「全機? やれるのか?」

通信に応じたのは赤城だが、提督の疑問に答えたのは加賀だった。

『みんな優秀な子たちですから』

「よし、当てにするぞ。着艦は夏島の飛行場を使えるようにしておく」

『無事に守り切れれば、ですか』

その通りだった。守りきるのは難しい。

小中規模の爆撃機ならまだしも、夜間にこれだけの数の艦載機から攻撃を受けるとは提督もまったく考えていなかった。

提督は妖精の航空隊にも時間の許す限り機体を発進させるよう伝える。

こちらは夜間戦闘もこなせる練度の機体は少ないが、地上に駐機したままよりはできるだけ空に上げておきたかった。それならせめて抵抗はできる。

「こんな真夜中にどうやって収容するつもりだ……いや、帰ってこなくていいのか?」

まさかとは思ったが、使い捨て感覚で出撃させた可能性に提督は怖気が走った。

「……被害を顧みない深海棲艦らしいやり口か」

推測でしかないが確信のように感じた。そして提督は反感もまた抱く。あるいは憤りを。

そんな相手にいいようにさせるのは提督としては面白くなかった。

だが現実には空海の両面から同時攻撃に近い形で狙われている。

122: ◆xedeaV4uNo 2016/07/09(土) 11:00:00.65 ID:1aQwy/JS0

被害は間違いなく生じ、提督にできるのはそれをいかに小さくするかの算段だけだった。

提督はふと足柄とのやり取りを思い返す。自分にとっての勝利とは何かを。そして、この作戦の目的を考えてみる。

どうすれば両立できるのか考え、提督は指揮官がやるべきでないことを思いついてしまう。

それは提督が反感と憤りを抱いた深海棲艦の手段とそう変わらないものでもあった。

やめたほうがいいと自制する内なる声を無視して、艦長に意見を求めていた。

命令でないのは自分一人の都合じゃないと、どこかで理解していたからかもしれない。

あるいは結託する仲間がほしいという心理かもしれなかった。

艦長は話を聞くと目を丸くして、それから口角を吊り上げて不敵に笑った。

「面白そうじゃないですか。提督殿には退艦していただきたいところですが」

「もう時間がない」

「ありませんな」

取って付けたような言い訳に艦長も乗っかる。

提督はすぐ妖精たちにも同じ話をした。

承服できないようなら退艦させればいいとも考えていたが、そうはならないとも踏んでいる。

提督は作戦前に会った妖精の言葉を信じていた。妖精は艦娘のためにあるという言葉を。

そして妖精たちからも賛意を得られた。

123: ◆xedeaV4uNo 2016/07/09(土) 11:00:55.72 ID:1aQwy/JS0

この間にも状況は進んでいる。

夜空では戦闘機同士の空戦が始まり、小鬼の集団も確実に迫ってきていた。

足元から伝わる振動が変わり、艦体が一度大きく傾いでから水平に戻る。

出雲は増速すると夏島から遠ざかるように針路を取る。

護衛についてた艦娘は連絡なしのその動きに出遅れた。

追おうにも出雲型の最高速は三十二ノットに達するので、駆逐艦であっても追いつくまでに時間がかかる。

出雲は夏島と接近してきた小鬼たちを横切るように進み、出し抜けに小鬼たちに探照灯を向けた。

イ級よりも小さく、それでいて禍々しい姿が浮かび上がる。

提督はその姿にヤギの頭をしているという悪魔を連想した。

小鬼は全てではないが、光に吸い込まれるように出雲へと向きを変える。

艦娘たちからは明かりを消すよう呼びかけられるが提督は無視した。

その代償はすぐに支払われた。

子供の金切り声のように甲高く笑いながら、小鬼たちは砲撃を始めた。

小口径砲でも装甲のない出雲には脅威だ。

殺到する砲弾が艦首から艦尾まで至る所を叩く。ハンマーで打ちつけるような衝撃に出雲の艦体は身震いした。

艦橋や缶室といった主要区画に命中しなかったのは幸運だった。

しかし砲撃は容赦なく艦体を痛めつけ、衝撃で提督は床に引き倒される。

倒れた拍子に額を切りつけ、血が早鐘を打つ心臓の鼓動に合わせるように勢いよく流れ出す。

提督は痛みを感じない。出血を自覚していても、分泌されたアドレナリンが痛みを忘れさせていた。

124: ◆xedeaV4uNo 2016/07/09(土) 11:02:14.14 ID:1aQwy/JS0

合流してきた護衛の艦娘たちも小鬼相手に砲戦を始めていたが、出雲の援護には回れていない。

その間にも予定通りに艦長は陸地に向かって舵を切る。攻撃で速力は落ちているが舵の効きは悪くないようだった。

よほどの強運に恵まれない限り、出雲が沈められるのは分かっていた。

敵を引きつけられるだけ引きつけて、あとは出雲を座礁させてしまおうという魂胆だ。

出雲一隻と引き替えに輸送船や集積所への攻撃をいくらか逸らせるのなら割に合う、というのが提督の出した損得勘定の答えだった。

その意図は理解してないが、小鬼の何人かは出雲の転舵に先回りをしてくる。提督は艦橋のガラス越しにそれを見た。

晒された横っ腹に雷撃をするつもりだ。それが分かっていても出雲からでは何も対処できない。

そこにさらに一発が命中し、出雲がその日一番の揺れを起こした。速力が見るからに落ちるのが分かった。

艦長が舌打ちをする。

「提督。覚悟はいいですか」

「ああ」

そんなのは初めからできている。と提督は思う。もう少しだけ持てば、とも考えたが。

とはいえ最初の砲撃を五体満足に乗り切れただけでも幸運だったのだと思った。

三本の魚雷が全て命中したら、この出雲はどれだけ浮かんでいられるか。一時間か、三十分か。それとも五分持たずに海中に引きずり込まれるか。

艦長には悪いことをした。体のいい巻き添えじゃないか。

死の危機に瀕すると走馬燈が見えるというが、そんなことはなかった。それとも、これから見えるのか。

何をもたついているんだ、あの小鬼たちは。外す距離でもないのに、そんなにのんびりしてたら――。

小鬼たちの横に赤い光が生じた。それは一つ一つは小さい光だったが数百はあった。束ねた火花が一斉に飛び散るような光景だ。

次の瞬間には火花は小鬼の魚雷に当たったのか、膨れあがるような火球を生み出した。

それは小鬼の体を呑み込んで、隣の小鬼にも爆発を連鎖させた。

三式弾が小鬼たちの間近で爆発したらしいと提督は気づく。

『薬指が……』

声が聞こえてきた。提督のよく知る声が。

125: ◆xedeaV4uNo 2016/07/09(土) 11:04:20.20 ID:1aQwy/JS0

『薬指がずっと痛くて、それで戻ってみたら……』

「鳥海……」

『あなたは何をやってるんです、司令官さん!』

砲撃の音が続く。小鬼を示す輝点の一つが消えていた。

『司令官さんは司令官らしく、ふんぞり返ってればよかったんです! それをこんなところまで出てきて!』

「怒ってる……よな?」

分かりきったことを聞いていた。聞かずにはいられなかった。

親に怒られると分かっていても話しかけないといけない子供の心境がこんなだろうか、と提督は場違いな想像をした。

『怒りますとも! だから!』

今や小鬼の脅威は遠のいていた。

数は依然多いのだが、この付近にいる小鬼に出雲を狙っている余裕はなくなっていた。

『だから、無事でいてください』

なんて声を出すんだ。これじゃとても敵わない、提督は心底から思う。

艦長がこの先どうするかを確認するように無言で見てくる。

どちらにしても出雲は座礁させるしかない。損傷を受けすぎていた。

あとはもう迎えに来てくれるのを待つしかなかった。

126: ◆xedeaV4uNo 2016/07/09(土) 11:05:30.56 ID:1aQwy/JS0

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

深夜に始まった戦いは夜の内に終わったが、状況が落ち着く頃には東の空が白み始めていた。

先の戦闘での被害は座礁した出雲と、輸送船二隻が沈没。一隻が炎上するも鎮火に成功。

夏島の被害は戦闘機隊が奮闘してくれたため被害は小さかった。

ただ包囲を突破した少数の機体は体当たりをしてまで攻撃してきたという報告が挙っていて、提督はその点に戦慄していた。

深海棲艦は襲撃が済むと早々に撤退していった。こちらを追い返すだけの戦力は初めからなかったらしい。

提督と艦長は甲板に出ていた。

座礁の影響で船体は斜めに傾いているが、歩くのに困るほどの傾斜ではない。

「よく無茶に付き合ってくれたな」

頭に包帯を巻いた提督は、無精ひげの目立ち始めた艦長に話しかける。

命令しておいて何を言ってるんだと、提督は自分で思ったが聞かずにはいられなかった。

「命令でしたので」

艦長はそう答えたが、程なく別の理由も付け加えた。

「別にフェミニストを気取るわけじゃないんですがね、少しは体を張ってるところを見せたかったのかもしれません」

なるほどと提督は思った。

男ってやつは単純で、女の前でなら少しはいいところを見せたくなる。

それは自分の立場がどうこうとか関係なく、もっと本能的なものだ。

艦娘が聞いたら呆れるか怒るかの二択になりそうだとも、提督は思ったが。

「提督こそ、あの時の艦娘とどうなんです?」

鳥海のことを言ってるのは明らかだった。

提督は左手を見せた。それで十分だと思ったからだ。

艦長は「ああ」と得心したような声を出した。

そちらこそどうだ、と聞き返しそうになって提督は思い留まる。

艦長の目が今ではない遠くを見ていたからだ。この質問は聞いたら最後、きっと地雷になるように提督には思えた。

代わりに違う質問をする。

「提督に興味はないか?」

127: ◆xedeaV4uNo 2016/07/09(土) 11:05:58.65 ID:1aQwy/JS0

二人目の艦娘が生まれはじめ、戦域もさらに拡大している。

早晩、鎮守府が複数設立されて地域ごとに分担されるようになるのは明らかだった。むしろ今までが遅すぎるぐらいだ。

だが人材はどうなのだろうとも提督は思う。

口利きできる立場ではないが具申はできる。

「俺らに拒否権なんてのはありませんよ」

「……そういう考え方もあるか」

話はこれで終わりだった。

鳥海を筆頭に迎えがやって来た。すぐ後ろでは高雄や摩耶がボートを曳航している。

提督は既視感に見舞われた。

ややあって、いつか想像した光景とダブったのだと気づく。

想像とはずいぶん違うが、鳥海は空と海の間にいた。

鳥海はこちらを見上げている。

どんな顔をしていいのか迷ってるみたいで、さっきから無事な右手が帽子と胸元を行ったり来たりしてる。

そうして鳥海は手を振ってきた。

怒られよう。そして謝ろう。

それで丸く収まるかは別でも、きっとそれが正しいのだと提督は思って手を振り返した。

128: ◆xedeaV4uNo 2016/07/09(土) 11:11:45.43 ID:1aQwy/JS0
ここまでで一章に当たる話はおしまい
この章が一番長くなりそうなので、この先はもう少し軽量化できると思います。たぶんきっと

全体の軸になるのは鳥海と提督ですが、次は白露とワルサメがメインの話となります
私の書く話は碌なことにならないのですが、お付き合いいただければ幸いです

元スレ
タイトル:【艦これ】鳥海は空と海の狭間に
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